ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「ここは……どこかしら?」
クロエは、敢えて今は答えを言わずに、まずは現状を考えることにした。
不覚にもユリウスを連れて来てしまった。
本来ならば、自分が生まれる前の世界へ戻って、ペンデュラムを通しておそらく記憶を受け継いだであろう母に、父と結婚しない選択を選んでもらうはずなのに。
この世界に、生まれて来なくなる予定だったのに。
なのに、自分も彼も、まだこの世界にいる。
ということは、二人一緒に前とは異なる時間軸に飛ばされただけなのだろうか。
「君の瞳の色は変化している」
「あなたもよ」
互いの双眸を交差させる。
どちらともオッドアイが逆位置に変わったということは、確実に時間軸も移動したのだろう。時の女神はクロエのほうに味方をしたのだろうか。
彼はきょろきょろと辺りを見回してから、
「今の時間軸は不明だが……たしかなのは、どこかの貴族の屋敷だな。ちょっと探ってみようか」
「…………」
彼女は黙りこくったまま、じっと近くの扉を眺める。
刹那、心臓がトンと跳ねて、ピンと身体が強張った。
「まさか……ここは…………」
その景色は見覚えがあった。
自分の瞳と同じ色のクロムトルマリン色を基調とした壁紙に、茶色い家具は、まるで朝の森の中にいるみたいに心が落ち着いた。
「クロエ? 君はここがどこか分かるのか?」
彼は彼女の顔を覗き込む。
そのとき、
――オンギャアァァ……
にわかに、扉の向こうから赤ん坊の鳴き声が聞こえた。
「っ……!」
クロエはユリウスの腕をするりと振りほどいて、扉の向こうへと駆け出す。
「おい、待ってくれ!」
彼もすかさず彼女の後を追った。
衝動に駆られるように、扉を開ける。
そこには――…………、
「……今日、来ると思っていたの。
クロエ、ローレンス殿下」