ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「クロエ、これまでずっと黙っていてごめんなさい。私の能力は、未来が『見える』の」
「未来が……?」
「見える、ですか?」
「そう。だから、今日、二人がここに来ることも、ずっと前から見えていたわ」
「で、では、侯爵夫人は……その、パリステラ家で起こった悲劇も……?」と、ユリウスが恐る恐る訊く。
「えぇ……」母は矢庭に顔を曇らせた。「全て……見えていたわ」
二人は目を剥いた。まさか時の魔法にそのような能力もあったのかと、ユリウスは驚きを隠せなかった。何度も読んだ文献には、そのような記述は全くなかったのだ。
しばしの沈黙のあと、母は軽くため息をついた。
「……でもね、私の能力はただ『見える』だけなの」
「どういうことです?」
にわかに侯爵夫人の声が鋭くなって、
「私の力では決して未来は変えられない、ということよ…………」
またもや気まずい沈黙。穏やかだった寝室は、瞬く間に重い空気に入れ替わった。
すやすやと赤ん坊の寝息が遠くから微かに聞こえる。
「クロエ、私の生家は断絶したって知っているでしょう?」
「はい。お祖父様もお祖母様も、叔父様も亡くなったのですよね?」
「えぇ。……それも、全部見えていたの。だから、凄惨な未来を変えようと努力したわ」
母の顔が苦痛に歪んだ。二人は、この先の話が酷く辛いものだと理解する。
「でも、駄目だった。両親も、弟も、見えた通りに死んでしまったわ。だから、私は過去へ戻ったの」
クロエははっと我に返って、母の瞳を見た。すると、それは自分が覚えていた位置とは逆――左目が光彩を帯びていたのだ。
娘の視線に気付いた母は苦笑いをして、
「もう、何度巻き戻ったことでしょうね。私はなんとしても家族を救いたいって、可能な限り何度も挑戦をしたわ。……でも、全てが叶わなかった」