ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
母は、娘と隣にいる皇子をゆっくりと交互に見た。
二人は目を見開き、思わず顔を見合わせる。途端に恥ずかしくなって、揃って頬を染めながら視線を逸らした。
そんな微笑ましい様子を、母は嬉しそうに眺める。
「クロエ」出し抜けに母は娘の手を取った。「知っているのに、なにもできなくて本当にごめんなさい……。でも、私はあなた――いえ、あなたたちが二人で必ず乗り越えられると、信じていたわ」
クロエの瞳から、ぼとぼとと再び大粒の涙がこぼれ落ちた。
「なんで……なんで、私を生んだの!? お母様は全てを知っていた――なら、私を生んだらお母様自身も不幸になるって分かっているのに! ……死んじゃうって、分かっているのに…………」
父からの、母と自分への仕打ちが頭を過ぎる。それは、とても悲惨なものだった。
それが分かっていたのに、なぜ母は自分を生んだのだろうか。いくら「見えるだけ」と言っても、自らの行動の結果である「子を生まない」という選択肢も選べたはずなのに。
母はクロエの涙を拭って、
「それはね、自分自身があなたを生みたいと思ったからよ。私は、あなたに生きて、ローレンス殿下と幸せになって欲しいと願ったの。――生まれて来てくれてありがとう、クロエ」
「お母様!」
クロエは勢いよく母に抱きついた。滂沱の涙は止まらなかった。
自分自身の胸の中に、ずっと忍ばせていた想い。本当の彼女の想い。
溢れる内なる想いは、自然と口から溢れ出た。
「私……お母様の子供として生まれて来て、本当に良かった…………っ!!」
「クロエ……苦労をかけてごめんなさい……私の子でいてくれて、本当にありがとう…………!」
母娘は強く抱擁する。
苦しかった。辛かった。何度、この世界から消えたいと思っただろう。
でも、クロエの胸の奥には、母を愛し、母の子として生まれて誇りに思う気持ちは、ずっと残っていたのだ。
――私は、お母様が好き。
その想いは、彼女にとって目には見えない大切な宝物だった。