ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「その……あのさ」
穏やかな沈黙の中、おずおずとスコットが口火を切る。微かに頬を上気させて、逡巡しているように少し目が泳いでいた。
「どうしたの?」
彼は一拍戸惑った様子を見せてから、
「その、その……さ、もし良かったら、父上に頼んで、君を……早く迎えたいんだけど……」
「えぇっ!?」
にわかにクロエの顔がほんのり赤く染まった。どきどきと鼓動が早くなる。
「だから、さ……」とスコット。「パリステラ侯爵の再婚で、これから君の心労は増すと思うんだ。だから、早くこっちに来てもらったほうが、気持ち的にも楽になるんじゃないかと……」
「っ……!」
クロエの白磁の肌が真っ赤になった。胸がときめいて、このまま爆ぜてしまいそうだった。
(嬉しい! スコットがこんなにも私のことを想ってくれているだなんて……)
彼女は幸福感に包まれて、潤んだ瞳で婚約者を見る。
彼も、熱い視線を婚約者に向けた。
二つの双眸が重なる。
いつの間にか二人は近付いて、彼は彼女の額にそっと口づける。
その後はにわかに羞恥心が襲って来て、互いにぱっと弾くように離れた。
「で、では……そろそろ失礼するわね」
「あ、あぁ。あ……明日はしっかりね。頑張って!」
クロエは恥じらうあまり逃げるように公爵家を辞去する。馬車に乗り込むなり身体中の力が抜けて、倒れ込むように上半身を背もたれに預けた。
(恥ずかしい! ……でも、嬉しい!)
口づけなんて初めてで、おでこにまだ彼の感触が残っていて、クロエの心を熱く昂揚させた。
同時にそれは、彼女の自信にも繋がる。
いよいよ明日は継母と異母妹が侯爵家にやって来る。
悲しみや不安で胸がはち切れそうだったクロエだが、自分の隣には常にスコットがいるのだ。
そう思うだけで、不思議と頑張れる気がした。
(大丈夫、きっと私なら上手くやれるわ。だって私にはスコットがついているんだもの)
そして翌日、パリステラ侯爵家に黒く渦巻く嵐が舞い降りる。