ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
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「マリアン……これを……」
翌日、クロエは屋敷の裏口で静かにマリアンを見送った。
「これは、お嬢様が大切にしていた絹の手袋ではないですか! こんな高価なもの頂けません」
「いいの。受け取って。せめてもの退職金だから。売ればいくらかにはなるわ。……こんなものしか渡せなくてごめんなさい」
「お嬢様……! ありがとうございますっ……ううっ…………」
二人は抱き合って涙を流した。互いの体温が混じって温かいはずなのに、身体はひんやりと冷たいままで、全身が重かった。
結局、こうするしかなかった。
あの状況を切り抜けるには、ありもしない罪を認めるしかなかったのだ。
あのまま頑なに反抗して継母に委ねたままだったら、マリアンは今頃処刑されていた可能性もある。貴族の持ち物を盗んだ罪は重いのだ。
「あと、紹介状よ。持って行って」クロエは一通の手紙をマリアンに渡す。「未成年の侯爵令嬢の紹介状なんて意味がないかもしれないけど、もしかしたらどこか下級貴族や商家には潜り込める可能性はあると思うわ」
「このような過分な……本当にありがとうございます、お嬢様」
クロエは首を横に振る。涙は止まらなかった。
「守ってあげられなくて、ごめんなさい……。今までありがとう……」
「私こそ、奥様の大事なお嬢様をお守りできずに申し訳ありませんでした……。どうか、強く、生きてくださいまし。奥様はお嬢様は絶対に幸福を勝ち取るとおっしゃっていましたから」
「そう……。ありがとう」
こうして、唯一味方だったマリアンは屋敷を去った。
クロエは一人になった。