ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
まだマリアンが側仕えをしていた頃、彼女が機転を利かせて、貸馬車を手配してくれたことがあった。
クロエが軽い足取りで乗り込もうとすると、
「なにをしているのです!?」
クリスが眉を吊り上げながら彼女のもとへつかつかと近寄って、首根っこを掴んで勢いよく馬車から引きずり下ろした。
「いっつっ…………! なにをなさるのですか、お継母様!?」
クロエが抗議をすると、
――バシッ!
継母の平手打ちが彼女の左頬に炸裂した。
思い掛けない突然の暴力に目を白黒させながら見上げると、継母は鬼の形相で言い放った。
「それはこちらの台詞です! 未婚の令嬢が男と二人きりで密会するなんて、なんてふしだらなっ!」
クリスの大音声の金切り声は、パリステラ家の門から波紋のように周囲へと広がっていく。
「ちっ、違います!」クロエは矢庭に気色ばむ。「スコット公爵令息様は私の婚約者です! それに、彼にお会いするときは、常に彼の執事やメイドが側におりました。疚しいことなど一つもありません」
険しい沈黙を伴い、二つの視線がぶつかる。
クロエは今回ばかりは一歩も引かなかった。
あのお茶会の日から、もう何週間もスコットに会っていない。婚約者たちの間には未だわだかまりが残ったままだ。
このままでは、本当に取り返しのつかない事態になりかねない。だから、一刻も早く彼に会って誤解を解かなければ。