ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
しばらくしてクリスがふっと息を軽く吸ったあと、
「またお前は! どうしてそんな嘘ばかりつくの!」
またぞろ大声で継子を罵った。あまりの剣幕に、クロエはびくりと肩を震わす。
「たしかに母親が死んだのは悲しいことよ。あたくしも、あなたには心から同情しています。でも、その寂しさを癒やすために殿方を渡り歩くのは良くないわ。侯爵令嬢として恥じない行動をしなさい!」
「はぁっ……?」
クロエは思わず素っ頓狂な声を上げる。
意味が分からなかった。
なにを訳が分からないことを言っているのだ、この継母は。婚約者と会うことになんの問題があるのだろうのか。
どの令嬢も婚約者と親睦のために定期的に面会をしている。それは常識的なことでおかしいことでは決してない。
それ以前に、彼女の言い方だと――、
(これではまるで私が男遊びをしているみたいじゃない……!)
クロエはおののく。二の句が継げなかった。
まるで異邦人と会話をしているみたいだ。いや、言語が通じれば彼らのほうが分かり合えるのだと思う。
継母も異母妹も、彼女の常識が通じなくて、あたかも自分たちの常識のほうが正しいみたいに装って。
それに父親も加勢するので、やっぱりクロエのほうが傍から見たら間違っているように錯覚する。
彼女自身、突然不安が押し寄せて来て、思考が停止してしまうこともままあった。
「さ、屋敷へ戻りますよ」
出し抜けにクリスがクロエの腕を掴んだ。
「お継母様、私はっ――」
「一旦、自室へ戻って頭を冷やしなさい。侯爵令嬢としての矜持を思い出して? きっと亡くなったお母様もあなたに淑女として立派に育って欲しいはずよ」と、クリスの甘い声が毒のようにクロエの顔にかかる。
(この方たちには、なにを言っても無駄なんだわ……)
クロエはやっと掴めたスコットに会えるチャンスをふいにされて、茫然自失とクリスに引きずられるように屋敷に戻った。
パリステラ家の屋敷の前は昼間はそれなりの人通りがあって、貴族の馬車やいくつかの人が侯爵家の前を通り過ぎていた。