ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「ところで、クロエは来ないのかい? 今日は彼女に大事な話があって来たんだけど、家にはいないの?」
スコットが尋ねると、コートニーは少し躊躇した様子を見せて、一拍してからおずおずと答えた。
「あの……お異母姉様は……その、まだ寝てて……」
刹那、スコットの腰が浮いてガタリとソファーが揺れた。
矢庭に全身から汗が吹き出て、背中に悪寒が走った。
やはり、あの噂は本当なのだろうか。夜中に遊び歩いているから昼間は寝ている?
友人たちの言葉がぐるぐると脳裏を巡って、急激に頭が痛くなった。
冷ややかな空気が、スコットを中心に部屋中に広がる。コートニーは困ったように眉根を寄せて彼を見ていた。
彼は気持ちを落ち着かせようと、一呼吸する。
今日は婚約者と話し合いをしようとやって来たのだ。感情的になってどうするのだ。
「クロエはいつも昼間は寝ているの?」
「いつもじゃないけど、最近はお昼過ぎまでお部屋から出て来ないことが多いかな?」
「そうか……」
間が悪いことに、実際にその日クロエは昼過ぎまで眠っていた。明け方まで魔導書を読み耽っていて、朝に起きられなかったのだ。
彼女はじわじわと精神的に追い詰められ始めていて、なんとしてでも魔法を使えるようにならなければと、必死だった。
「だからね」コートニーはまたぞろスコットに身体を近付けて上目遣いで未来の義兄を見た。「あたしが代わりに来たの。その……迷惑でしたか?」
「迷惑だなんて」と、スコットは微笑む。
なんて健気な子だろうと思った。数ヶ月前に初めて会った姉のために、こんなに気を揉んで。
曲がりなりにも血の繋がった家族として責任を感じているのか、今にも泣きそうな顔をしている。その砂糖菓子みたいに簡単に崩れそうな儚げな様相は、彼の胸を打った。
……同時に、クロエに対して苛立ちを覚えてしまう。
誤解を解きたいのに、婚約者となかなか会えないもどかしさは、いつしか怒りの灯火を孕んで彼の心を包み込んでいた。
こうして、スコットとコートニーの、二人きりのお茶会が始まったのだった。