ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜


◆◆◆





「これはもう必要ないわよね」

 クリスはくすくすと笑いながら、無造作に箱の中に入れられた封筒の山を見た。
 そこには、クロエとスコットの手紙。婚約関係の二人が互いに誤解を解こうと、心を込めて書いた想いの詰まった手紙の数々が入っていたのだ。

 継母も娘と同様にクロエが大嫌いだった。
 初対面のときから継子をどうやって苦しめてやろうかと、ずっと考えていたのだ。

 たまたま高貴に生まれただけで、何一つ苦労も知らずに育った箱入り娘。

 自分や娘が、侯爵の愛人という理由で、世間から後ろ指をさされて悔しい思いをしていた間も、前妻の娘はのうのうと生きて。貴族令嬢としての高い教育を受けて。実の娘は平民の暮らしを強いられてきたのに。


 彼女は侯爵邸に引っ越す前……まだクロエの顔を見たこともない頃から、憎しみを募らせてきた。
 前侯爵夫人が憎い。前妻の娘も憎い。高貴な生まれの前侯爵夫人の娘を、絶望のどん底まで陥れたい。

 ……そんな歪みきった黒い感情が、彼女の胸の内を支配していた。



 クリスは侍女を伴い、焼却炉へ向かう。そして、めらめらと燃え盛る紅い炎の中に箱の中身を投げ捨てた。

「ふふっ……ふふふふっ…………」

 黒煙の中に、侯爵夫人の不気味な笑いが溶けていく。

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