ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
「ぷはっ!!」
しばらくして、やっと開放される。容器の中身が周囲に飛び散る。ぜいぜいと大きく肩で息をした。
彼女の顔も上半身も、ぐちゃぐちゃに汚れていた。
「まぁっ、汚い!」コートニーは顔をしかめる。「餌もまともに食べられないの? 呆れちゃうわぁっ!」
クロエは息を整えてからおもむろに顔を上げた。そこには、おぞましい表情をした異母妹が、不気味に弧を描いて笑っていた。
そくり、と鳥肌が立つ。
それは今まで見たこともない顔だった。慈悲の欠片も宿っていない、真っ暗闇の深淵のような悪魔の笑顔。
異母妹はこれまでもクロエに対して貶めるような行為をやっていたが、このようなぎらついた様相を見るのは初めてだった。
コートニーはさらに視線を険しくして、
「あんたなんか大嫌い。今まであたしがいるべきだった場所を奪ってきたのだから、当然の報いよ。これからは身の程を弁えなさい、不貞の娘が」
「ちがっ――」
クロエが反論する前に、額を蹴られた。鈍い痛みが頭蓋骨に響く。
「なにが違うの? 魔法も使えないくせに。――聞けば、あんたの母親は強い魔力持つ家系なんだってねぇ? それにお父様も偉大な力を持っているし、あんただけが魔法が使えないなんて、どう考えても不貞の証拠じゃない? あぁ、下男と遊ぶような女の娘だから、あんたも夜な夜な男と遊び歩いているのね~? 今じゃ社交界はその話題で持ち切りよ。本当、パリステラ家の恥ね」
「っ……!」
「じゃ、片付けておきなさいよ。自分で汚したんだから責任持ちなさい? あぁ、汚い!」
コートニーはメイドたちとくすくすと笑いながら部屋を出て行く。
一人ぽつねんと残されるクロエ。
彼女の顔もドレスも床も、悪臭漂う残飯にまみれていた。