ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜
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「……お掃除終わりました」
「あら、そう。随分遅かったわね。本当に愚図なんだから」と、クリスがクロエを睨み付ける。
「も、申し訳ありません……」
魔法の使えないクロエは家族から「穀潰し」「役立たず」などと罵られ、雑用をやらされるようになった。彼女の仕事は、主に継母と異母妹の身の回りの世話である。
クリスはこれまでずっと侯爵令嬢として生きてきた継子に、メイドの真似事をさせて、屈辱を与えようと考えたのだ。
「全く。お前のような不義の娘を、旦那様の恩情でここに置いてやっているんだから、少しはしっかり働きなさい」
「はい……」
クロエは頭を下げる。
間接的に母親のことを侮辱されても、もはや抗う気力も残っていなかった。
(ここで反抗してもまた叩かれるだけだわ……)
実の娘の立場が安定して以来、継母はクロエに対して、しょっちゅう手を上げるようになった。
口答えをしたら、暴力はもっと激しくなる。
だから、彼女はもう諦めていた。何事も起こらないように、ただ黙って嵐が去るのを静かに待つだけだ。
「失礼しま――」
ガシャン――と、奥の鏡台からけたたましい音が響く。驚いて振り返ると、鏡台には白粉が撒き散らかされて、周辺を真っ白に染めていた。
「まぁっ! なんてことっ!?」
クリスが大仰に声を荒げた。そして、クロエを呼び付ける。
「な、なんでしょう。お継母様……」
「お前はこれが見えないの!? 汚れているじゃないの! ちゃんと掃除をしなさいと言っているでしょうがっ!」
「そ、それは――」
「口答えをするんじゃありませんっ!」
クリスの平手打ちがクロエの頬に当たって、よろめいた。
「お前はっ! 掃除が終わっていないのに、嘘をついて! なんて嫌らしい娘なのかしら!」
またもや平手打ちの音が鳴る。
クロエの白磁のような頬は真っ赤に腫れ上がった。もともと美しかった彼女の身体は今では傷だらけだ。
しかし、耐えるしかない。
継母の溜飲が下がるまで、待つしかなかった。
「いいこと? あたくしが戻るまでに綺麗にしなさい? あまりに態度が悪いと旦那様に言い付けますからね」
一瞬の激しい雷雨が去っていく。
残されたクロエは、無心でひたすら鏡台を磨くだけだった。