見知らぬ彼に囚われて 〜彼女は悪魔の手に堕ちる〜

見知らぬ部屋、覚えの無い男

 彼女が目を覚ましたその部屋は暗く、灯りは部屋に点った小さな蝋燭のみだった。
 仕切られたカーテンの隙間からは細い月の光が差し込む。

 目だけを動かして見てみれば、自分の身体は見慣れぬベッドの上。

「……。」

 身体はだるく頭の中はボンヤリとしており、自分が何者なのかすら思い出すことが出来ない。

 混乱はしていても身体はうまく動かず、喉は相当乾いているらしい。
 この家にいるであろう誰かに呼び掛けようとしても、声はかすれて自身の耳にかろうじて届く程度だった。


 突然、部屋の戸が開く音。

 そっとそちらに顔を向けると、この部屋に誰かが入ってきたことが分かる。
 しかし廊下の灯りを背にしているため、顔はこの部屋の暗さで見えない。

 そうこうしている間にその相手は、ゆっくりと彼女の寝ているベッドのすぐそばへ。
 そしてその誰かはそっと彼女の頬に触れた。

 彼女は思わず身震いする。

「……起きたのかね?」

 上から降ってきたのは、顔はよく見えないが初老らしい男の声。

「ここ、は……」

 相手になんとか返した自分の声は、本当に自分のものかと疑うほどに嗄れていた。

「ああ、喉が」

 男は低い声で呟き近くの水差しから小さなコップに水を注ぐと、自らの口に水を含む。
 そしてそのまま彼女に口付け、彼女の口に水を移した。

 彼女は反射的に水を飲み込みはしたが、それは異性との口付けには違いない。

「っ嫌……!」

 彼女は少し出るようになった声で拒み顔を背けた。

「水は足りるのかい、レオナ。足りないはずだろう?身体もまだ動かないのだから、もう少しだけ飲むんだ」

 男の言葉から自分のものらしい名を耳にし、思わず彼女は動きを止める。
< 1 / 23 >

この作品をシェア

pagetop