悪女がお姫さまになるとき
男は淡い目で、改めてじっとわたしの目を見て意味がわからないというわたしの言葉の意味を図ろうとする。
「俺は君の言葉を理解できているのに、君が俺の言葉を理解できないなんて、そんな変則的な魔力の利き方などしないはずだが」
「表面上の言葉ではなくて、根本的なことがわからないのよ。冬が夏になったのはどうして?わたしは川に落ちて死んで、ここは死後の世界なのかしら?死後の世界に魔力があるなんて知らなかったわ。それともこれはすべて意識を失ったわたしが見ている、願望の世界なのかも」
「願望?」
「いい男と素敵なキスをしたいっていう……」
男の手は肩までのわたしの髪に触れて指先で弄んでいる。
無意識の挙措なのかもしれないと思った。
わたしの顔をまぶしいもののようにみた。
目をほそめて何度か瞬いた。
だが、表情は冷たいままである。
「俺は光り輝く強い命を持った存在を探していた。満月の引き寄せる力を利用して呼びかけ、君を探して引き寄せた。はじめはうまくいったことがわからず、聖地に紛れ込んだヤツかと思ったが」
「呼びかけて異世界に引き寄せることができるなんて、信じられないわ。光り輝く強い存在と言われて悪い気持ちはしないけど」
「信じられないもなにも、青い玉を飲み込んで、言葉も理解できるようになっただろ?君の世界は魔力を利用できない世界なんだな。自然も社会の仕組みもこことはおそらく違うのだろう。体を起こせるのなら、一緒に視察に連れていってもいい。ここでの君の安全は俺がすべて責任をもつから、完全に安心してここにいたらいい」
真剣な言い方にひとまず頷くと、男の肩の力が抜けるのがわかる。
表情は冷たいが、わかりやすい男のようである。
「君の名前はなんていう?」
「藤崎樹里よ。樹里でいいわ」
「じゅり、だって?なるほど。じゅり、樹里……」
男は口のなかで何度かつぶやいて転がしている。
わたしの名前を味わっているようでこそばゆい。
「樹里殿。ここはアストリア国。俺は王宮お抱えの魔術師(イマーム)のシャディーン」
シャディーンの顔が再び引き締まる。
「樹里殿、王からも正式にお願いすることになるだろうが、俺からもお願いする。どうか我が国を助けてほしい」
「助けるってわたしが?どうやって?それが終わったらわたしは元の世界にもどしてもらえるの?」
「帰りたければもちろん協力する。詳細は王城で伝えることになる。君に絶対に悪いことにはならないように配慮する」
「それは、本当にわたしにできることなの?」
「樹里にしかできないことだ」
「いやだとは言えないの?」
「言ってもいいが、そう決めるのは依頼内容を聞いてからにしてほしい」