悪女がお姫さまになるとき
「ねえ、お姉さんに喧嘩売ってるのかな?色気がないって、あんたこそ、色っていう字、知っているの?ここでお姉さんに書いてみせてくれるかな?」
勉強が始まりそうな気配に、女の子は母のスカートの後ろに逃げた。
「お客さまになんてこというの!すみませんねえ。上着の袖の、ひどくほつれたところは応急処置だけど同じような色で直しておいたから。それで、あんたは怪我はもういいのかい?」
「え、怪我って?」
女将はわたしの手をとって、ベッドから起こし、全身をながめまわした。
ついでに寝巻の裾をひきあげて膝も確認する。
「覚えていないのかい?」
「だって、どこもなんともないから」
「血がだあだあに流れていたよ?骨折してるんじゃないかって、お母ちゃん言っていたよ?医者を呼ぼうとしたら、遅い時間だから呼ばなくていいって、イマームさまが止めたんだよ」
女の子が果敢にも腰のあたりから顔と指をだして、わたしの肘のあたりをさした。
肘をさするが、なんともない。
そういえば、何かに躓いてひどく肘も、膝も転んでぶつけたんだった。
痛みで気をうしなったはずなのに、身体はなんともなっていない。
「イマームさま、あんたの怪我を治してくれたんだね。少年楽団の子のように見えて、あんたどこかの王族だったりするのかい?大事にされているようだね。この服だってすぐになおしてほしいと依頼されたんだよ。手間賃も沢山いただいたからねえ~」
「大事にされてるんだねえ~」
女の子が口調をまねる。
夢うつつで聞こえていたお経のようなものは、治療魔術だったのだろうか。
冷たい表情なのに、心根はやさしい男が魔術師(イマーム)シャディーンという男なのだろうか。
やわらか素材の綿素材の寝巻を脱ぎ、制服に着替える。
厚手の極暖シャツは不要だった。
グレーに赤の混ざった千鳥格子のジャケットは、手に持つことにする。
その際にほつれたところの修繕跡を探したが、女将は魔法の指でも持っているのか光の反射の違いでわずかに色味が異なるぐらいで、目を凝らさなければわからない。
その後、部屋でシャディーンと共に食べた朝食は、パンにチーズ、温野菜サラダといったきわめてシンプルなもの。日本の野菜よりも濃い味がした。