悪女がお姫さまになるとき
帷子の騎士と魔術師と王さまが存在する異世界の、さらにその王城の奥つ城に孕む異空間だった。
完璧に空調が管理されているはずなのに、鳥肌がたつような肌寒さを感じる。
異質でどこか危険。海辺でシャディーンとあったときと同じだった。
シャディーンは紗幕を引き、わたしが中に入ることを促した。
キングサイズのベッドがあり、娘がひとり横たわっていた。
長い黒髪をベッドに一本もよじれることなく扇状に広げ、ベッドの淵から幾筋か零れ落ちる。
温度のない陶器のような真っ白でなめらかな肌。
つんと突き出た鼻。
血の気はないが今にも笑みをうかべそうなふっくらした唇。
長いまつ毛も完璧で、みつめているうちにまつ毛が震えて目を開きそうな感じがした。
氷の人形か、そうでなければ既に亡くなっているのではないかと思ったが、体を覆う薄いシーツがゆったりとした呼吸の動きにあわせて上下していて、かろうじて息をしているのがわかった。
眠れる森の美しき姫、それがレソラ・ジュリアだった。
「……彼女は毒リンゴを食べたの?」
「毒リンゴ?食べていない」
「彼女はずっとこの状態なの?」
「そうだ」
「どうしてこうなったの?」
シャディーンはとつとつと語りだした。
昨年、王城に忍び込んだ暴漢に襲われたこと。
体の傷はたいしたことがなかったが、暴漢は魔術を使い、ジュリア姫の心が砕けてしまったこと。
それ以来、ずっと眠り続けていること。
さまざまな手を尽くしたが、目を開くことがなかったこと。
シャディーンの治療魔術では、砕けた心は修復できないこと。
「どうしてジュリア姫が狙われたの?」
「ちょうど、帝国の王子との婚約話が持ち上がっていた。今年、帝国に行く予定だった。姫が帝国の次期皇帝の妃になることを望まない奴らが存在する」