悪女がお姫さまになるとき

 シャディーンの宝石のはまる指が伸びて、その指先だけで姫の黒髪に触れる。
 今朝その指が触れていたのはわたしのちんちくりんの髪だった。

「姫の心を回復させるには、君が必要だ」
「光輝く強い命を持つというわたし?が何をすればいいの?」
「簡単だ。毎日少しの間だけ姫の手を取ってくれたらいい」
「それだけ?」
「まずはそれだけ。半月後の新月の夜に、一度儀式を行う。それで様子を見る。一度で効果があるとは思わないが姫がめざめなければ、その次の新月の夜に同様の儀式を行う。すこしずつ砕けたものが修復されていくはず。何度か繰り返すことになるだろう」
「拒否することもできるのよね?」
「もちろん。気が向かなければ断ってくれていい。協力してくれるならば、君は他国から姫の病気を聞きつけて見舞いに来た友人として、この王城に賓客として滞在することになるだろう。王城に君の部屋が用意されている。侍女もつけてくれるそうだ。夜ごとパーティーを開いてもいい。多方面にわたって姫と同等の権利が保証される……」
「姫と同等って好条件過ぎない?」
「それだけジュリア姫が大事だということだ。皆、姫が再び目を開き、その声を聞きたいのだ」

 皆ではなくてあなたでしょ、そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
 語る間、秀麗な魔術師の目はずっとジュリアに注がれている。
 シャディーンの愛はこの眠れる姫にある。
 彼女を目覚めさせるためだけに、わたしを異世界に引き込んだ男。

「目覚めても彼女は帝国の王子?と婚約するのにそれでも目覚めさせたいの?」
 シャディーンの顔がゆがんだ。

「未来は不確定だ。常に揺れ動いている。ジュリア姫が目覚めれば、彼女が望む別の未来が拓けるだろう」
 
 シャディーンが出ていき、わたしは緑と花に彩られた棺桶のような部屋に残された。

 わたしは胸で結ばれた姫の手を取ってみた。
 わずかな抵抗が感じられる。
 関節からきしきしときしむ音が聞こえそうだ。
 じっとあおむけで寝ていたら、身体も固まるだろう。
 ちょっと考えて、姫の体を横向きにすることにした。
 髪が乱れたが、侍女が世話をしているというので、またキレイにすいてくれるだろう。首がのけぞったので慌てて枕を重ねて頭を高くする。


 何もせず握り続けるのは苦痛だった。
 これから毎日、10分ほど手をつなぐ。
 それでわたしは姫と同等の扱いを受ける。
 これっておいしすぎるではないか。

「はじめまして。えっと、聞こえている?聞こえると思って話すわよ。面白かったら何か反応を返してくれたらうれしいけど。わたしは藤崎樹里。高校三年。一か月前に処女喪失したの。皆がうらやむ都会の大学に、推薦入試で早々に合格を決めたのよ。見かけによらず頭はいいのよ。わたしたちのグループには、イケていない女子は入れないのよ。自他ともに認める悪女よ。自分で悪女っていうのも笑えるよね。だって、友達の彼を奪ったんだから。ひどいでしょ?だから、ジュリアもわたしにシャディーンを奪われる前に、目覚めなさいよ……」



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