悪女がお姫さまになるとき

6、 儀式

 美奈とは幼なじみである。
 わたしは駆け回ったり、遊具で遊んだりするのが大好きで、いつも美奈はわたしの走る後について走り、わたしがぶら下がる鉄棒にぶらさがりたがった。
 高校になって再び一緒のクラスになったとき、自己主張をせずいつも一人でいる美奈をわたしは気になった。
 クラスの女子たちは少しどんくさいところのある美奈から距離を置く。

 ほとんどのクラスメートが二三度でできてしまうところを、美奈はその倍ほど繰り返さないと失敗してしまう。
 ときおり一人なにかを夢中になって考えていることもしばしばだ。
 だからみんなよりも数歩、いろんなことで出遅れる。
 馬鹿にされる。

 だけどわたしは知っている。
 簡単に手に入れたものはすぐに手放してしまえるものだけれど、苦労して手に入れたものは決して手放さないもの。
 わたしが通っていたピアノ教室に、美奈も通い始めたのだけど、なかなか両手で弾けなかったのにいまでは一度聞いた曲は楽譜なして弾けるようになっているから。そんなことわたしにもできない。

 そんな努力家の美奈を、わたしは一目置いていて、美奈を友人の輪にいれてやることで、美奈から子供のころのような縋りつくような目をふたたびむけてもらえて、優越感にひたることができた。

 美奈のひたむきにコツコツと努力する姿は、わたしじゃなくても気が付く奴がいる。
 たいていは男子で、遅れがちな美奈に手を差し伸べようとした。
 自分でやらなければ意味ないのに、美奈のひたむきな努力を無碍にする男子の一人が、背が高くてカッターシャツの胸元が張った、元水泳部の山南貴文。

 つい先日のお昼の時間、山南ってかっこいいね、と言いあっていた時、美奈は同意も否定もせず、まるで関心がないかのようにもくもくとタコウインナーを食べていたのに、その一週間後には、樹里、どうしよう、彼から告白されたの、つきあうべきかしら?ってうれしそうに言う。まるで、自分ではなくて、付き合うかどうかわたしに決定権があるような言い方に、その場にいた女子たちは、わたしと同様にあんたの勝手にしたらと癪に障ったよ。

 だから、山南貴文の美奈に対する想いの強さを試してみたくなった。

 わたしの家業の酒蔵をみてみない?醸造途中の酒はこぽこぽと天使のようにささやくの、とさそったらついてきた。
 それから、とっておきの吟醸酒を飲んで、わたしの部屋に雪崩こんで、エッチした。
 わたしは初めてだったけど、彼も初めてだった。
 美奈とは1か月も付き合っていたのに、キスもしていなかったなんて奥手を通りこして、拍子ぬけしちゃった。
 貴文は責任をとった。
 貴文は悪なふりをしていきがってみせるけど、根は真面目で勉強のよくできる、融通の利かない男だった。

 美奈と別れてわたしと付き合ってくれた。
 貴文と一緒に話ながらも、無意識に視線が美奈の姿を追っていくのを、わたしは気が付いていたよ。
 貴文は、あまり笑わなくなった。
 美奈と一緒にいるときはよく笑っていたのに。
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