悪女がお姫さまになるとき
「ルシルス、立派になられましたね。しばらくこちらに滞在するということでしたが、帝国で学ぶべきことはもう学ばれたのでは。祖国に腰を落ち着けていただくのがよいと思っているのですよ」
「わたしなんてまだまだです、お母さま。ジュリアの助け手が効果を上げていると聞いて、様子を確認しに一時帰国しただけなのです。学ぶべきことは海よりも広くてたいそう深く、姿を捉えたと思えば変化し、いまだに全容をつかむことはできないのです。そういうものだな、シャディーン?」
「見方や切り口、立場を変えれば、学ぶところはどこにでもいくらでもありますから」
シャディーンはしれっと、ルシルス王子の肩をもつともアイリス王妃を援護しているともどちらともとれる発言をする。
賢い男である。
「ほんとうのところは、帝国の辺境に位置するちいさな島国の不便な生活よりも、大都会での生活の方が充実していて去りがたいのでしょう?」
「帝国中心部なみに快適な生活をあまねく民草が享受することが、わたしの願いなのです」
第一王子ルシルスは、数年まえから帝国に国家運営を学ぶために留学し、現王妃であるアイリス妃との仲はいいとはいえない。わたしは侍女たちのおしゃべりを思い出した。
息子と継母はにこやかな笑みを浮かべて火花を散らしている。
「シャディーン!だっこして!」
セシリアはルシルスの腕の中からシャディーンにねだる。
シャディーンも二の姫を抱き受けた。
再び、セシリアは黒服の首筋あたりに鼻をこすりつけてマーキングをする。
あんたはシャディーンにこんなことできないでしょ、とでも言わんばかりに、先ほどよりも優越感に満ちた目でわたしに挑戦状をたたきつけてきたのである。