悪女がお姫さまになるとき
食事会は王の乾杯の挨拶で始まった。
はじめの方こそ、このところのジュリア姫の回復の様子や、わたしの王城での生活で不便なところはないかとか、そういう話であったが、途中から、アストリア国の内向的な対外姿勢、貿易中継国として手間賃を稼ぐだけの外貨獲得から、自国の生産物や特産物を輸出できるように、国内生産力の強化をいまから目指していかなければならない、などといった、どこかで聞いたような話に移っている。
変革を求めるのは若き次期王ルシルスで、王は国内で問題がない限りこのままでよいのではないかという保守路線のようである。
わたしは彩り美しく盛り付けられた食事に口を運ぶ。
前回、箸がないと食べれないと言ってしまい、出されたナイフとフォークは音をがしゃがしゃ立ててしまい、さらに漫画のように肉をとばしてしまい、その場を凍りつかせたのだった。
ナイフとフォークは、細心の注意を払えば、あまり音を立てないで食べることができるようになった。
食事はいずれも素材の味が濃厚でおいしいのだが、この世界に来て残念なことが一つある。
白磁のような滑らかな肌の陶器の器に口を付けた。
食事に添えられる酒である。
食欲を増進させるため、消化を促進するため、気持ちよく酩酊するため。
酒はその時々に応じて、果樹酒、薬種、蒸留酒など使い分けられている。
専門のソムリエのような職業もあるのだろうか。
「おいしくありませんか?帝国で人気の酒をお土産に持って帰ってきたのですが」
ルシルスは心配げな表情でわたしを見ていた。
美男子はどんな表情でも胸がときめく、ではなくって。
「いえ、美味しいです。白濁した米酒ですね。ここでは初めていただきました」
「米だとわかりますか?若いのにイケる口ですか?」
「ルシルス王子、この娘はこれからまだやることがあるので、飲ませないでほしい」
「それは悪かった!今度、後のことを配慮する必要がない時に、あらためて食事を共にしよう!」
「え、あ、はい……」
ルシルス王子はウインクをする。
甘い顔だけでなくて、女好きのようである。
何か、気の利いたことを返そうと思っているうちに、会話は別のテーマに移り、わたしは置き去りにされていく。
するべきことがなければ、自然と目線は斜め前にすわったシャディーンに向かう。
完璧に整った顎のラインに、わずかに切れあがった目。
シャディーンは、いつみても秀麗な男である。
今夜は一段と冷え冷えとした美しさを漂わせている。
シャディーンと昨夜キスをしたから、次は明後日の予定である。
必要があるからといえども、待ち遠しい。
じっくり堪能し、別の目の保養先へと向かおうとして、途中の小悪魔と目があった。
わたしは、この世界では会話に入っていけず、退屈を持て余しているという点では7歳児と同じレベルということだった。
「レ・ジュリ。さきほどふと気になったことがあるのですが、もしかして腰痛でもおありになるのですか?」
いきなり名前を呼ばれてナイフを取り落としかけた。
「はい?腰痛ですか?まったく痛みませんが」
「そうなの?わたくしの勘違いだったかしら。てっきり腰が痛いのならばよい町医者を侍女が知っているといっていたので紹介してもらおうかと思ったのですが」
「はあ……」
王妃はいつくしみ深い表情である。
「姿勢の歪みを矯正する整体師の方がよろしいかもしれませんね。そちらもわたくしの侍女が試して、すぐに背中が伸びて歩く姿も滑らかになって。それともどこか体調がお悪いのかもしれませんね」
「いえ、大丈夫でございます……」
頬がひくついた。
王妃は、婉曲にわたしの歩き方や姿勢が醜いと言っているのだ。
今も慣れないヒールで体重がかかる指先が痛いし、ドレスの裾を踏まないようにたくし上げて歩く姿は自分でもあまり優雅ではないと思うし、かつらの重みで慢性的な肩こり状態である。