悪女がお姫さまになるとき

 ドレスの裾をたくし上げ、小走りで廊下を行く。
 次第に速度も速くなる。早く部屋に戻りたい。
 わたしのヒールの足音に、すぐ後ろから固い革靴の足音が追いかけてきた。
 アリサではない。アリサは足音を立てないから。
 王城の使用人たちがあわてて道を空けた。

「ちょっと待ってください、レ・ジュリ……」

 わたしの部屋はもうすぐそこである。 
 だけど、慣れないヒールのパンプスとドレスの裾がわたしを裏切った。
 裾を踏んで前へ、顔面から転んだのだ。
 わあ、とかぎゃあ、とか。
 およそレディらしからぬ悲鳴を上げてしまう。

 ドレスが絡んで手が顔面を床に激突させることを防げなかった。
 こんな間抜けな転び方をしたのは、生まれて初めてで情けない。
 そもそも、こんなドレスを着ているからで。
 ヒールを履いているからで。
 レディであることを女子に強要する貴族たちの異世界にいるからで。
 わたしはレディでは決してない。
 毎晩パーティを開いてもいい、城で賓客としてすごせるという条件に喜んだのは間違いだった。
 至らないところ、わたしがここにはふさわしくないことを常に思い知らせ、みじめな気分にさせるだけの、拷問ではないか。
 この世界とわたしとの相性は最悪。
 イケてる女だったはずが、ここではイケてない女になってしまった。
 泣きたくなった。

「盛大にころんだね。大丈夫?起きれる?」

 陽光を思わせるような穏やかな声。
 シャジャーンじゃなく、ルシルス王子。
 痛みと恥ずかしさに硬直していると、王子はわたしの腰に手を指しこみ抱き起こす。涙があふれそうになる。

「周囲を気にしないであなたと話をしたかったんだけど、急に走り出したからつい追いかけてしまった。怖がらせて申し訳ない」

 わたしの額に懐からとりだしたハンカチを当て、頬をぬぐう。
 わたしの苦境は自分のせいだと言わんばかりの言い方で、わたしの気まずさを和らげようとしてくれていた。
 ルシルス王子はひどくぶつけた顔だけでなく、全身の様子を確認する。
 申し訳なさそうな顔は、作った仮面で、レディらしからぬわたしを馬鹿にする本心を隠しているのか。
 すくなくともアイリス王妃よりも、その顔は嫌な気持ちにさせない。
 
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