悪女がお姫さまになるとき
「ひとまず宮廷医師に診せよう。歩けそう?歩けそうにないなら誰かに来てもらうから」
「いえ、お気遣いなく。大丈夫ですから。このまま部屋に戻ります」
「すぐに適切に治療してもらわないと。レディの顔に傷など残せないから。わたしが追いかけて驚かせしまったから、責任はわたしにある」
王子が人を呼びつける前に、王子との間に割り込んだのはシャジャーン。
わたしの顔を見ると険しく眉を寄せ、悪態をつく。
額にひんやりとした手をかざしてぶつぶつと呪文をつぶやくいた。
ふわっと目の前にシャジャーンの髪色のような、銀に輝く筆で一筆書きをしたような紋様が現れ、ほどなくして消えた。
がんがんする頭の痛みは指輪のはまった掌に吸い取られていく。
まな裏に焼き付いた残像をたどる。
涙が涙腺の奥にひっこんだ。
「この銀の紋様は何?」
「クルアーン、魔術紋様(クルアーン)だ。見たことがなかったか?」
「初めて見たわ」
目覚めているときにシャジャーンの魔術を目の当たりにしたのは初めてだった。
シャジャーンの魔術は怪我だけでなく、わだかまっていたこころの痛みも取ってくれる。ルシルスだけでなくシャジャーンもわたしを追いかけてきてくれていた。
「おいおい、俺の存在を忘れないでくれ。お前がこんな些細なことに魔術を使うなんて」
「レディの顔に傷など残せないだろ?これの方が跡が残ることはない」
王子はじっとわたしの目の奥を覗き見た。
王子の鮮やかな青い目の奥にきらめく銀の星が光芒している。
「確かに強い命の光はあるな。だから治療魔術の効果が早いんだな。それともお前が魔術の腕前をあげたか」
王子の言葉が砕けている。
食事の時も感じたが、王子とシャディーンは気のおけない友人のようだった。
体が軽くなる。
感慨深げに眺める王子の視線から引きはがされた。
シャディーンがわたしを抱き上げたのだ。
あわててしがみついた。