悪女がお姫さまになるとき



 あんたの元彼氏が向こう岸にいるわよ。
 真冬の川の中にあんたがおぼれているのを見たら、まだあんたが好きだったら助けてくれるんじゃないの?
 足を滑らせたふりして、自分から飛び込んでみたら?
 はやし立てる友人たち。

 猫っ毛のふわ髪の美奈は、顔を真っ青にして水辺からにじり下がった。
 美奈の彼氏だった貴文は、先月の、わたしの誕生日の夜からわたしの彼氏になっていた。
 自己主張せずわたしたちの仲間の隅にいて、いつも困ったような顔をしている美奈は、どうしてなのか男子にもてた。

 美奈に話しかける男子に貴文もいた。
 美奈が貴文と付き合うのは許せなかった。
 彼をかっこいいと言ったのはわたしが先だ。
 だから、貴文を酒で誘い出してキスした。
 略奪愛だ。
 彼氏を奪われた美奈は、つきあい始めたことを知っているのにどうしてそんなことをするの、とわたしを責めた。
 貴文は本当はわたしのことが好きだったのよ、わたしに近づくためにあんたを足掛かりにしたのよ、勝ち誇ったようにいうと美奈はひどく悲しい顔をして口をつぐんだ。


 友人の彼氏を奪うなんて、まるで悪役令嬢だね。
 女友達は、わたしの勝利を祝福する。
 世間ではジェンダー男子や草食男子といわれて久しい。
 わたしたちの世界も、生物界の法則と同じ、弱肉強食。
 強い女が欲しい男を得て何が悪い。


 美奈は貴文の気持ちはまだ自分のところにあると女々しく信じているに違いなかった。
 わたしが貴文に飽きるのをじっと貝のように待っている。
 はっきり言えることがある。
 わたしが貴文に飽きても、美奈のところに貴文がいくことはない。
 だって、貴文はわたしにめろめろなのだから。

 その時、川べりの運動公園でサッカーをする少年たちのグループがあった。
 大人のコーチがついた真剣なヤツだ。
 危ないっという叫びに、わたしたちは状況がわからず身を固くした。
 振り返ったわたしのこめかみに何かが直撃する。
 衝撃でわたしは背後に吹っ飛んだ。
 何が起ったかわからないまま、川に落ちた。
 おぼれるのは美奈ではなくて、わたしだった。
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