悪女がお姫さまになるとき
真冬の水の中に飲み込まれて、悲鳴を上げることもできなかった。
 生活排水も流れこんだ不衛生な水を飲み込みたくなかったが、空気の代りにたっぷりと飲んでしまった。
 そのうちの一部が肺になだれ込む。

「ああ!樹里!樹里!」

 美奈が、友人たちが、必死に叫んでいる。
 対岸でも、貴文たちが騒いでいるのが途切れ途切れに見えたような気がする。

 そうだ、おぼれても、多少流されても、わたしには貴文がいる。
 貴文はもうやめてしまったけれどかつて水泳部員だったのだから。
 そして苦しくなって気を失ったのだった。

 貴文はわたしを助けられなかったのだろうか。
 あのまま流されたとして、海にたどり着くには別の県をまたがなければならない。
 何十キロも流されて、はたして冬の水の中で生きていることなどできるのだろうか。
 ついでに季節もまたぐこともあるのだろうか?
 不可思議さに笑い出しそうになる。
 まだ夢の中なのかもしれない。
 それとも、もう死んで、あの世に流れついたのか。

 目覚めれば、冬ではなくて夏。
 満月が口を開く夜の海。

 ようやく浅瀬から上がり、乾いた砂を踏む。
 口の中がざらつき、何度か咳をするとすっきりとした。

 三途の川の水は、海水だっけ?
 わたしは誰だっけ?


 藤崎樹里。
 高校三年。
 一か月前に処女喪失した。
 皆がうらやむ都会の大学に、推薦入試で早々に合格を決めた。
 わたしたちのグループには、イケていない女子は入れない。
 自他ともに認める悪女である。

 

< 5 / 37 >

この作品をシェア

pagetop