悪女がお姫さまになるとき

2、異質な男

 砂浜に打ち寄せる穏やかな波の音に、風鈴の音のような、リーンという涼やかな音が混ざる。
 その音は頭蓋骨内部に響く。
 いつから、そしてどこから聞こえてくるのだろうか。
 もしかして、目を覚ましたときから聞こえていたのかもしれなかった。
 潮の匂いを意識しなければ、その香りに嗅覚がなじんでしまっていて、意識しなければ気が付かないようなものだ。

 ずるずると地を這いながら足元をすり抜けるような気配があり、悲鳴が喉をついた。

「蛇!?」

 本当のところ、暗がりの中で正体はわからない。
 海辺に生息する何か得体のしれないモノが闇の中に潜んでいて、わたしを驚かせてその反応を見て遊んでいるのか。
 はじめて恐怖を覚えた。
 すぐ先の、黒々とした嵩低い草木の茂みからわたしに向かって声がかかる。
 

「……〇×□〇、△■!」

 耳がおかしくなったのか、恐怖のせいなのか。
 言葉の音をつかみきれない。
 だけどその言葉のいわんとするところはわかる。

 お前は誰だ、どうしてここにいる、立ち去れ!

 とでもいうような、不審者を威嚇する男の声。
 ここは禁猟区で、わたしは踏み入れたらいけないところに立ち入ってしまっているのか。

 
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