悪女がお姫さまになるとき
わたしは気迫に押されてにじり下がった。
 革靴の底にたまった水が厚手の靴下と足指の間でたぽんと揺れる。

 闇のなかから舌打ちとともに、不意に明かりがともされた。
 闇に慣れ始めた目にはまぶしすぎた。
 何度も瞬きをしながら指の間から見た。
 わたしを照らすのは懐中電灯ではなかった。
 野外キャンプに使うようなランタンを手に下げた男が、闇のなかからくっきりと浮かび上がっていた。

 その男を、シャツにジーパン姿をなんとなく想像していたわたしは、頭から体を覆うマントですっぽりと覆われた異様な風体に、入ってはいけないと知らなかったのです、すみません、ここはどこですか、とか助けてくださいとかなんとか、とっさにいうべき言葉をすっぽりと失念してしまった。

 何よりもわたしをたじろがせたのは、外国人の風貌である。
 鼻梁がくっきりとしていて、青黒い水晶のような目は険しく、肌は余分な色素が抜かれたように白い。
 スクリーン越しであればうっとりと眺めたくなる眉目秀麗な容貌。
 日本にも観光客の外国人はいつでもいるし、漫画にでてくる旅人風のマントを羽織ったコスプレ好きもどこにでもいるのに、わたしはまるで、日本ではなくて、目覚めたら別世界にいるかのように思えたのだ。
 鋭い視線が改めてわたしの足先から顔に上がっていく。
 わたしが男を異質だと思っているように、男も同様にわたしの様子に驚いているようだった。

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