悪女がお姫さまになるとき

「ラ イマーム ジャディーン 〇△△□、ラーララソ、□×ハ□!!*、アルメリア、レラソ、ジュリア、●□簡%!△■……、……チッ」

 英語でもドイツ語でもなく、わたしの知らない言語を口にする。
 わたしを驚かせないように、探るような、なだめるような低音である。
 手の届きそうなところで足を止めた。
 男がそれ以上近づこうとしてもわたしは同じだけ後ろに下がるから、それ以上近づいても無駄だった。

 最後はまた舌打ちである。
 言葉の響きやその顔立ちほどには上品な男ではないようである。
 わたしがまったく言葉を理解していないことにイラついていた。

 こんなわけのわからない状況で、わけのわからない理由で異様な恰好をした外国人に、言葉が通じないからといって一方的に腹を立てられたわたしも、怒りがこみ上げる。

 そもそも全身濡れそぼって、肩までの髪の毛から、とめどなく水が滴るのが気持ち悪い。
 鋭い視線がわたしの顔から離れないのも気持ち悪い。
 不可解で不可思議な状況に、この男の登場でさらに不可解さの厚みが増している。

 男は懐に手をいれてごそごそと探り、何かをゆっくりと引き出した。
 その指先には青く発光する第一関節ほどの大きさの何かがつままれていた。
 赤(ルビー)やら青(サファイア)やら黄色(トパーズ)やらの輝石の指輪が悪趣味にもどの指にもはまっている。

 わたしの目を用心深く見つめながら、自分で自分の口の中に入れるふりをして、手を差し伸ばして動きを止める。どことなく必死さが伝わる。
 万国共通のジェスチャーである。 

「受け取って、それを食べろっていうの?初めて会って、一番にそれ?」
「●△□」

 男は何かいいながら頷いた。
 わたしの言葉が理解できているようだった。
 わたしは受け取ろうと手をのばすと、安堵の表情が男の顔に浮かぶ。
 
「ねえ、その青い菓子?は相当やばいものでしょう?それを食べたら、気を失うか、抵抗することができなくなるんじゃないの?」
 
 言葉とは裏腹に、微笑んでみせた。
 男の手の緊張が緩み、わたしの笑みに引くついた笑みを返そうとした。
 それで、日本語を理解しているわけではないことがわかった。
 彼も声の調子からわたしの言葉を推測しているだけである。
 差し伸ばされた手を手力で力いっぱいなぎ払った。
 青い菓子が宙を飛ぶのもかまわない。

「□!@55!!(ああ、このバカ!何をするんだ!貴重なものなのに!)」

 男は焦って叫んだ。

「馬鹿なのはそっちでしょ。夜中に一人でコスプレしている怪しいヤツから差し出されたものを、ありがとうって口にするはずないじゃない!前後不覚に陥っている間に、犯されて、まわされて、閉じ込められて、身代金を請求されて、殺されて、内臓売られて、どこぞの湾にコンクリ詰めにされて沈められるのがオチではないの!それから、あんたわたしの好みの顔よ!!」


 海とは逆方向の、闇の中へと走り出した。
 足が足首まで砂にのめり込んでも必死で足を運ぶ。
 海から見た家の明かりの方向を見当づけた。
 無我夢中とはこのことだ。
 砂地は固くなり、イラクサが生い茂る。
 森の中に入れば、足元は地面から張り出した根が蛇のようにくねり絡まり、足元が一層おぼつかなくなる。

 獣の咆哮が、ほうぼうから仲間の声に呼応するように聞こえてきた。
 背後にはマント男。
 森には肉食の獣。
 海には正体不明の蛇のような気配があって……。
 これってかなり、やばい状況じゃないの?
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