悪女がお姫さまになるとき

 獣か人か。
 二者択一だとしたら、生きたままはらわたを食われるよりも、男のいう通りにした方がよかったかなと若干後悔する。
 恰好だけが変なだけで、あの青い塊は違法薬物でもなくて、ただのミント飴だった可能性もある。
 それに、真夜中の海辺で出会わなければ、顔立ちはハリウッド俳優の少し影のある美男子の役どころが似合いそうな、いい男だった。
 あの男は、わたしの置かれた不可解な状況を、すぱっと解決してくれたかもしれなかった。
 
 首を振った。
 直感が告げる。
 あの男は異質な存在。
 本能的な危険を感じる。
 あいつから逃げて、誰か彼でない人に助けを求めるのが正解なのだ。

              
 どんな苦境でも必死にあがけば生き延びることができるはず。
 藤崎樹里は、体は頑丈。
 心も丈夫。
 何キロも冬の川を流されてもこの通り、生きているのがその証拠。

「あの変な男さえふりきったら何とかなるわよ!ここから逃げるのよ、頑張れ樹里!」

 わたし自身を鼓舞した。
 足を何かに引っ掛けた。
 冷たくてやわらかな感触。砂浜で感じた気配に似ている。
 巨大な蛇の胴体のようなもの。
 朽ちかけた木の根だったのかもしれないけれど。

 盛大に転んだ。
 地面に打ち付けた腕と膝が痛くてしびれた。


 がさりがさりと草を踏む音が近づいてくる。
 見なくてもわかる。
 あのコスプレ、イケメン男だろう。
 体を起こせなかった。
 もう逃げられない。

 わたしは再び気を失ったのである。

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