幸せでいるための秘密
 常設展と企画展の双方を楽しんだ私たちは、近くのカフェに腰を下ろしてしばし足を休めていた。外はこんなにも暑いのに、桂さんは水をひとくち飲んだだけ。私がつい遠慮していると、

「お前はジュースでもケーキでも好きなのを頼みなよ」

 と、メニューを突き付けてくる。

 そういえば人工透析の人は食事制限があると言っていたっけ。そんな人を前にあれもこれも好き放題に頼むというのは、さすがに気が咎めてしまう。ああでも、このイチオシのメロンケーキは美味しそうだし、セットのカフェオレも捨てがたい……!

 しかめっ面でメニューを睨む私を呆れ顔で見つめ、桂さんは軽く手を上げて店員さんを呼びつける。まだ決めてない、と慌てる私からメニューを引き寄せ、彼はイチオシケーキセットのページを指で叩いた。

「とりあえずメロンケーキとカフェオレのセットで」

 元気に返事をして去っていく店員さんを眺めつつ、私は唖然と口を開く。

「どうしてわかったんですか?」

「目線」

「目線だけでわかるものなんですか?」

「お前はわかりやすいから。万が一外したとしても、そうしたら別のを頼めばいいだけだし」

 ……なんだかちょっと、スマートすぎて悔しいくらいだ。

「あと、今日の美術館、お前の趣味じゃないんでしょ? 見るからに退屈そうな顔してたよ」

「う……」

「たぶんお前は絵画よりパンダの方が好きなんだろうけど、貰ったチケットだから行かないわけにもいかなかったんだね。僕はパンダより絵画派だから、これでよかったんだけど」

 次々に言い当てられて、なんだか恥ずかしくなってしまう。おっしゃるとおり、私は絵画よりパンダです。

 天使のような桂さんの笑顔にズタボロにされているうちに、注文したカフェオレとケーキがテーブルへ運ばれてきた。いかにも豪華で見栄えの良い私側のテーブルに比べ、桂さんの前は依然として冷たいお水が置かれたまま。

「良かったら桂さんも、ひとくち食べませんか?」

 断られることを前提として、礼儀のつもりで一声かけると、案の定桂さんは微笑んだままかぶりを振った。

「果物はカリウムが多いから、僕は食べない」

「……じゃあ、今度は何か、別のものを一緒に食べましょう」

 人工透析の食事制限って、どんなものなら平気なのかな。家に帰ったら少し調べてみよう。……なんて考えながらフォークをさすと、

「僕の腎臓は」

 私の手元を見下ろしながら、桂さんは淡々と話し始めた。

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