幸せでいるための秘密
言いながら桂さんは、色々な国の色々な景色を次から次へと映し始めた。指先で軽くタップするだけで、まるで自分がそこにいるみたいに周囲の写真が映し出される。見慣れない車のナンバープレート。知らない文字で書かれた標識。その土地の風土や思い出を話す、桂さんの言葉は少年のように明るい。
「お前の家はどこなの?」
住所の欄をタップして、桂さんが訊ねる。
家といったら、今は樹くんと二人で住んでいるあのマンションを指すのだろう。でもなんとなく気が引けてしまい、私は桂さんからタブレットを受け取ると実家の住所を入力した。
途端、視界に広がる田舎の風景。さっきまでの海外旅行気分とは打って変わって、お線香の匂いのしそうな昔懐かしい地元の姿に思わず軽く吹き出してしまう。
「懐かしい!」
「新潟? なんでまた……」
「実家なんです。うわあ、変わらないなぁ、この公園」
カメラの向きを変えてみると、実家のすぐ向かいにある広い公園の姿が映った。手前側が遊具のある遊び場。そしてその奥にどんぐりの木がたくさん植えられた小高い山。住宅街の真ん中に突如現れた森みたいな、一風変わった空間だ。
私が小さい頃にはすでに遊具の老朽化が激しかったっけ。ブランコにシーソー、滑り台もあったけど、そのほとんどに『立ち入り禁止』の黄色いテープが張り巡らされていた覚えがある。もうとっくに整地されているか、遊具が置き換えられているとばかり思っていたのだけど、この写真を見た限りおおむね当時のままのようだ。
「ここは……」
隣に並んでタブレットを覗き込んでいた桂さんが、いやに神妙な面持ちで公園を見つめている。
「どうしたんですか?」
「いや……」
少し考えるそぶりを見せつつ、彼は何かを振り払うように首を振った。
「お前はこの公園を知っているの?」
「実家の目の前ですからね。よく一人で遊びに来ていたんです。公園の裏の、山みたいになっているところに、夏場は百合がたくさん咲いていたんですよ」
「ずっと一人で遊んでたの?」
「いえ、外国人の男の子が一緒でした。サーレくんって言うんですけど」
喋っているうちに少しずつ思い出してきた。お母さんが教えてくれた、謎の外国人サーレくん。
確かに公園を眺めていると、私はいつもこの小さな世界で、ひとりの男の子と一緒に遊んでいたような気がする。言葉がまるで通じなかったから会話らしい会話はなかったけど、それでも毎日手を繋いで山百合の中を駆け回った。
「本当に懐かしい。私の初恋だったんです」
ひとりでべらべらと喋りたてる私に対し、桂さんは軽く口元を押さえたままとうとう相槌すら打つのをやめてしまった。
眉間に力が込められるたび、伏せ気味の長いまつげが別の生きものみたいに揺れる。ひどく難しい顔をして、何かを考えこんでいる様子だけど、私の今の話の中に悩むようなことなんてあっただろうか?
「あの……もしかして、新潟に嫌な思い出とかあります?」
「…………」
桂さんはそのままずいぶん長く黙りこくっていたけど、やがて再びかぶりを振ると、
「なんでもない」
と短く言って、唐突にタブレットを切ってしまった。
「お前の家はどこなの?」
住所の欄をタップして、桂さんが訊ねる。
家といったら、今は樹くんと二人で住んでいるあのマンションを指すのだろう。でもなんとなく気が引けてしまい、私は桂さんからタブレットを受け取ると実家の住所を入力した。
途端、視界に広がる田舎の風景。さっきまでの海外旅行気分とは打って変わって、お線香の匂いのしそうな昔懐かしい地元の姿に思わず軽く吹き出してしまう。
「懐かしい!」
「新潟? なんでまた……」
「実家なんです。うわあ、変わらないなぁ、この公園」
カメラの向きを変えてみると、実家のすぐ向かいにある広い公園の姿が映った。手前側が遊具のある遊び場。そしてその奥にどんぐりの木がたくさん植えられた小高い山。住宅街の真ん中に突如現れた森みたいな、一風変わった空間だ。
私が小さい頃にはすでに遊具の老朽化が激しかったっけ。ブランコにシーソー、滑り台もあったけど、そのほとんどに『立ち入り禁止』の黄色いテープが張り巡らされていた覚えがある。もうとっくに整地されているか、遊具が置き換えられているとばかり思っていたのだけど、この写真を見た限りおおむね当時のままのようだ。
「ここは……」
隣に並んでタブレットを覗き込んでいた桂さんが、いやに神妙な面持ちで公園を見つめている。
「どうしたんですか?」
「いや……」
少し考えるそぶりを見せつつ、彼は何かを振り払うように首を振った。
「お前はこの公園を知っているの?」
「実家の目の前ですからね。よく一人で遊びに来ていたんです。公園の裏の、山みたいになっているところに、夏場は百合がたくさん咲いていたんですよ」
「ずっと一人で遊んでたの?」
「いえ、外国人の男の子が一緒でした。サーレくんって言うんですけど」
喋っているうちに少しずつ思い出してきた。お母さんが教えてくれた、謎の外国人サーレくん。
確かに公園を眺めていると、私はいつもこの小さな世界で、ひとりの男の子と一緒に遊んでいたような気がする。言葉がまるで通じなかったから会話らしい会話はなかったけど、それでも毎日手を繋いで山百合の中を駆け回った。
「本当に懐かしい。私の初恋だったんです」
ひとりでべらべらと喋りたてる私に対し、桂さんは軽く口元を押さえたままとうとう相槌すら打つのをやめてしまった。
眉間に力が込められるたび、伏せ気味の長いまつげが別の生きものみたいに揺れる。ひどく難しい顔をして、何かを考えこんでいる様子だけど、私の今の話の中に悩むようなことなんてあっただろうか?
「あの……もしかして、新潟に嫌な思い出とかあります?」
「…………」
桂さんはそのままずいぶん長く黙りこくっていたけど、やがて再びかぶりを振ると、
「なんでもない」
と短く言って、唐突にタブレットを切ってしまった。