幸せでいるための秘密



 デートに行ったショッピングモール。

 一緒に買い物へ出かけたスーパー。

 行き場をなくした私のために、迎えに来てくれたコーヒーショップ。

 ふらふらと歩き回る街並みは今日も変わらず忙しなくて、私一人が時間の狭間に取り残されているみたい。背の高い後ろ姿を見つけるたびに足を止めて、でもその都度、彼がどこにもいないことを思い知る。

 どうして彼を探しているのか。見つけたところでどうしたいのか。

 自分でもわからないまま、私はひとり徘徊を続ける。

(幸せってなんだ)

 自分が傍にいないことこそが、私の幸せだと彼は言った。

(なんなんだ)

 そうだとしたら今までの私はずっと不幸だったのだろうか。

 たくさんのことがあった。つらい思いや怖い思いもたくさんした。でも、決してそれだけじゃなかった。

 だから私はこんな有様でも、未だに彼を探している。

「ばあっ」

 突然目の前に甘い香りが広がって、目を白黒させてしまった。

 視界いっぱいの百合の花。そして、その花をかきわけるように、見慣れた顔がうさぎみたいにぴょんと飛び出してくる。

「お久しぶり。元気では……なさそうですね」

「お花屋さん……」

 いつの間にかこんなところまで歩いてきたらしい。桂さんのお見舞いへ行くときいつも通っていたお花屋さんは、今日も変わらず優しい笑顔で色とりどりのお花に囲まれている。

「ほら見て、今日届いた百合の花。《《しゃんしゃん》》してるでしょう? だからこの香りをかげば、あなたもきっと元気になるかもって思ったのだけど」

 そう言って、真っ白な百合の花束が再び顔へ突きつけられる。むせかえるほどの甘い香りが昔の記憶を刺激して、私は軽く口元を押さえてそっと花束を遠ざける。

「あっ、ごめんなさい。お節介だったかしら?」

「いえ……」

 困った顔をするお花屋さんに、良心がちくりと痛む。人と話す気分じゃない。でも、向けられた好意を無下にしたまま立ち去るほどの気力もない。

「……あの、前々から思っていたんですけど、もしかして新潟生まれの方ですか?」

 口先から飛び出した話題は、さして興味もなければ特段話が広がるわけでもない、非常に雑な振りだった。

 案の定、お花屋さんはきょとんと目を丸くする。ああ失敗した。やっぱり黙って立ち去ればよかったと一瞬後悔したけれど、ほんの少しの間を置いて、彼女の表情がパッと花開くように輝いた。

「やだーっ、もしかしてお客さんも新潟出身!?」

「ええ、まあ……」

「あらあらもう、すごい偶然! ねえ、今日はお暇かしら? よかったらお店に寄っていって! 少しお喋りでもしましょうよ」

 ああ、なんだかまずい展開だ。でも、《《おおばら》》とか、《《がっと》》とか、《《なんぎい》》とか、《《ちょちょら》》とか、全部聞き慣れた新潟の方言だったんだもの。

 少しお喋りでも、なんて言われても、正直全然そんなテンションじゃない。でも、こんに無邪気な笑顔で誘われると断る文句も見つからない。
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