幸せでいるための秘密
*
「本当にここでいいんですか?」
怪訝な顔をする運転手さんに軽く頷き、私はタクシーを降りると水平線を見渡した。
静かに凪いだ穏やかな海。日はまだ高いけど、辺鄙な場所だからか人の姿は見当たらない。
石階段を少し降りると、広い浜辺が広がっている。私が一歩進むごとに、靴底の形にへこんだ砂浜が波にさらわれて元に戻っていく。
私はスカートを軽く押さえて、砂浜の真ん中に腰を下ろした。焼けた砂は少し熱いけど、思ったよりも心地よい。海風だって、コンクリートジャングルの街中に比べればずいぶん涼しいように感じる。
波が揺れている。
煌々と輝く太陽が、少しずつ海へと傾いていく。
何時間ほど経っただろう。やがて太陽の端が水面に触れて、海全体が淡い橙に輝いた。空の彼方から夜の帳がじわじわと幕を下ろし始めて、それに呼応するみたいに海からも闇がせり上がる。
夜が来る。
そう思ったとき、傍らから砂を踏みしめるかすかな足音が聞こえた。私は膝を抱え、海を眺めたまま、彼の足音が止まるのを待つ。
「いつまでそうしているつもりなんだ」
想像以上のなじるような声に、少しだけ笑いそうになってしまった。
私はゆっくり立ち上がると、お尻についた砂を払い落とした。水平線と砂浜を背景に、彼は――樹くんは、ひどく居心地悪そうな表情で立ちすくんでいる。
私と彼の間隔は、私の足で六歩程度。
手を伸ばしても触れられない、今の私と樹くんの距離。
「きみはずるい」
「なにが?」
「留守電のメッセージ。わかっているんだろう?」
――海浜公園で待っています。樹くんが来てくれるまで。
返事のない彼の留守番電話に、私が最後に入れたメッセージ。苦々しい顔をする彼を見つめ、私は少し微笑んで頷く。
「来てくれるって、わかってた」
こんなひと気のない夜の公園に、彼が私を一人にしておけるはずがない。
連絡の取れない、居場所もわからない彼ともう一度顔を合わせるための、たった一つの方法だと思ったから。
「話がしたいの」
「俺に話せることはない。桂が言ったことがすべてだ」
「樹くんにとってはそうかもしれないけど、まだ私の話は終わってない」
口を噤んだ樹くんは、険しい顔のまま私を見つめる。
彼に聞く気があるのを確認してから、私はいつになく落ち着いた、堂々とした声で言った。
「教えてもらったの。私たちには、きちんと最後まで話し合う勇気が足りなかったんだって」
波の音が聞こえる。
ざあ、ざあと寄せて返す中に、彼方を羽ばたく鳥の鳴き声が遥か遠くから入り混じる。
「本当にここでいいんですか?」
怪訝な顔をする運転手さんに軽く頷き、私はタクシーを降りると水平線を見渡した。
静かに凪いだ穏やかな海。日はまだ高いけど、辺鄙な場所だからか人の姿は見当たらない。
石階段を少し降りると、広い浜辺が広がっている。私が一歩進むごとに、靴底の形にへこんだ砂浜が波にさらわれて元に戻っていく。
私はスカートを軽く押さえて、砂浜の真ん中に腰を下ろした。焼けた砂は少し熱いけど、思ったよりも心地よい。海風だって、コンクリートジャングルの街中に比べればずいぶん涼しいように感じる。
波が揺れている。
煌々と輝く太陽が、少しずつ海へと傾いていく。
何時間ほど経っただろう。やがて太陽の端が水面に触れて、海全体が淡い橙に輝いた。空の彼方から夜の帳がじわじわと幕を下ろし始めて、それに呼応するみたいに海からも闇がせり上がる。
夜が来る。
そう思ったとき、傍らから砂を踏みしめるかすかな足音が聞こえた。私は膝を抱え、海を眺めたまま、彼の足音が止まるのを待つ。
「いつまでそうしているつもりなんだ」
想像以上のなじるような声に、少しだけ笑いそうになってしまった。
私はゆっくり立ち上がると、お尻についた砂を払い落とした。水平線と砂浜を背景に、彼は――樹くんは、ひどく居心地悪そうな表情で立ちすくんでいる。
私と彼の間隔は、私の足で六歩程度。
手を伸ばしても触れられない、今の私と樹くんの距離。
「きみはずるい」
「なにが?」
「留守電のメッセージ。わかっているんだろう?」
――海浜公園で待っています。樹くんが来てくれるまで。
返事のない彼の留守番電話に、私が最後に入れたメッセージ。苦々しい顔をする彼を見つめ、私は少し微笑んで頷く。
「来てくれるって、わかってた」
こんなひと気のない夜の公園に、彼が私を一人にしておけるはずがない。
連絡の取れない、居場所もわからない彼ともう一度顔を合わせるための、たった一つの方法だと思ったから。
「話がしたいの」
「俺に話せることはない。桂が言ったことがすべてだ」
「樹くんにとってはそうかもしれないけど、まだ私の話は終わってない」
口を噤んだ樹くんは、険しい顔のまま私を見つめる。
彼に聞く気があるのを確認してから、私はいつになく落ち着いた、堂々とした声で言った。
「教えてもらったの。私たちには、きちんと最後まで話し合う勇気が足りなかったんだって」
波の音が聞こえる。
ざあ、ざあと寄せて返す中に、彼方を羽ばたく鳥の鳴き声が遥か遠くから入り混じる。