幸せでいるための秘密
マーキング
・本編17ページ~26ページの話(波留と百合香の平和なルームシェア期間中)
・波留視点三人称
・本番はないけどまあまあ過激。一人の時に読むべし。
*
――今日は会社の飲み会があるから、遅くなるね。
あまりにも嬉しそうに百合香が話すものだから、水を差すのも気が引けてしまい結局黙って見送った。
百合香の会社は規模が小さく、社員の大半は女性である。だから今回の飲み会も、いわゆる女子会の類だろう。
そう自分を納得させながらも、波留は結局落ち着かないまま百合香の帰りを待っていた。時刻はすでに十一時過ぎ。雨足はどんどん強さを増して、窓の外に咲く大輪の傘も今となっては無いに等しい。
ソファに横たわり天井を見上げていた波留は、不意の物音に飛び起きるとタオルを掴んで立ち上がった。この雨の中を帰ってくるなら百合香はきっとずぶ濡れだろうと、何時間も前に用意したタオルだ。物音は玄関から。帰ってきたに違いない。
玄関のドアを開けてやろうと手を伸ばしたとき、それは聞こえた。
かすかな声。
男のものだ。
「えーっと、鍵は……鍵、どこですかぁ? 中原さん。カバンの中? それともこっちのポッケ?」
バタン!
あまりにも勢いよく開けすぎた扉は、どうやら前のめりになっていた男の鼻先をかすめたようだ。
放り出された傘。頭からびしょ濡れの百合香と、そんな彼女の腰を抱きつつ手を握り、空いた手で胸元をまさぐろうとする男。
男は怖々と波留を見上げ、それから盛大に頬を引きつらせる。なんで男が。別れたんじゃなかったのか。声なき声が雨にかき消され散っていく。
「ええっとぉ……あの、僕、中原さんの会社の者で……」
「…………」
「今日あの、会社の飲み会で、その、中原さん、酔いつぶれちゃったから、ご自宅までお連れしたんですが……」
「そうですか……それはどうも」
波留は男へ目を向けたまま、今にも崩れ落ちそうな百合香の身体を両手で支え、軽々と肩へ担ぎ上げた。
百合香の会社にこんな男いたか? 最近入った派遣だろうか。どちらにしろ、もう一度身辺を調べる必要があるだろう。
「そ、それじゃあ僕はこれで」
投げ出された傘を片手にそそくさと立ち去ろうとした男の背を、
「ちょっと」
波留の冷たい声が呼び止めた。
「な、なんでしょう……?」
「百合香のジャケット、胸の内ポケットはついていません。家の鍵なら鞄のポケットにいつも入れていますので」
「そ、そうですか。はは、失礼しました!」
男の言葉が終わるより先に、波留は再び音を立てて扉を閉めた。さっさと消えろと直接言われないだけでもマシだと思え。そんな悪態を心に吐きつつ、濡れた鞄を玄関に置いて百合香をリビングへと連れていく。
「ん、んぅ……」
口紅のすっかりとれた唇からは、さっきからむにゃむにゃと喃語ばかりが聞こえてくる。すさまじい酒の匂い。どうやら彼女は懲りずにまた深酒をしたらしい。
ソファに身体を横たえて、軽く百合香の頬を叩いた。百合香は心から幸せそうに笑っているが、まぶたを開く気配はない。
「中原」
「ん~……」
「着替えた方がいい。このままじゃ風邪をひく」
「う~……」
どうやら完全に眠ってしまっているようだ。
波留は百合香の身体を起こすと、濡れたジャケットをフローリングへ放り出した。シンプルな白いブラウス、下は黒のペンシルスカート。大雨でしとどに濡れたブラウスは胸元が肌にぴったり張りつき、ミントグリーンの下着のレースがうっすらと透けて見える。
あの男の目にも、きっと見えていたことだろう。
「…………」
狭いソファの上で百合香に馬乗りになった波留は、ブラウスのボタンを上からひとつずつ外し始めた。ギシ、とソファの軋む音。はだけたデコルテの濡れた感触。軽くタオルで拭ってから、鎖骨の線へ唇を這わせる。
あの男が触れていたのは、腰と、背中と……指、だったか。
胸元をちぅ、ちぅと吸い上げながら、白い素肌にまとわりつくブラウスを乱暴に剥いだ。下着に収まった胸の隆起がぶると揺れる。ブラジャーの縁にかけた指先にほんの少しだけ力を入れて、でも、それ以上は進めないまま波留は百合香の手を取った。
雨のしずくを丁寧にふき取りつつ、穏やかな寝顔へ目を向ける。波留の気なんて微塵も知らず、百合香は子どものようにすぅすぅと寝息を立てている。
無性に腹が立って、百合香の人差し指の先にちゅっと音を立てて吸いついた。そしてそのまま指の股へ、味わうように、噛みつくように、深く深く唇を這わせる。
「ん、……」
慣れない感触から逃れようと、百合香がわずかに身をよじる。波留は百合香の手首を白くなるほど強く掴み、淫靡な水音を立てながら舌先で指をねぶっていく。ちゅ、ちぅ、くちゅ。
「ん、ぅん、ゃ、……」
「こら、逃げるな」
悩ましげに寄せられた眉。いやいやと首を横に振る、その仕草すら波留を煽り立てるだけだ。
自分の唾液でべとべとになった百合香の指を軽く拭き、続けて波留は依然として眠り続ける彼女の身体をうつ伏せにした。
しっとりと濡れた背中は汗ばむ肌に少し似ている。肩甲骨に口付けると、寝ぼけた百合香の小さな唇から「あ」とかすかな声が漏れる。
歯を立てたくなる気持ちを堪え、背筋に沿って舌を這わせる。途中ふっと息を吹きかけると、眠った身体がぴくりと震えた。
百合香のかすかな反応は、波留の胸にわだかまっていた溜飲を少しだけ下げてくれた。先ほどと比べればいくらかマシな気持ちではあるが、それでもこの指の動きは止められそうにない。
人差し指の腹で百合香の脇腹をなぞりつつ、少しずつ、少しずつ背中の下へと伝う唇。
ペンシルスカートのファスナーを下げ、百合香の膝を軽く立たせると、あまりにも扇情的な光景に腹の底が熱くなった。勢いのままスカートを剝ぎ取りソファの脇へ放り投げる。
自分の吐息の熱を感じる。
昇っていく血潮の熱さも。
「百合香……」
薄い黒ストッキングは左の内腿が伝線していて、白い柔肌がわずかに覗き見えていた。吸い込まれるようにその隙間へ指を差し入れ、薄い生地を軽く引っ張る。ビッ、と小さな音とともにじわりと広がりゆく裂け目に、波留は我知らず熱っぽい唾を飲み下す。
そして――
「ふええええっくしょい!!」
可愛げの欠片もない爆発的なくしゃみの勢いで、百合香の身体は前へスライドし立っていた膝もべたんとソファにくっついた。
打ち上げられたマグロのようにまっすぐ不動の体勢で、百合香は再びすやすやと穏やかな寝息を立て始める。なんだこれ。いや、これはこれでその、悪いわけではないのだが。
「…………」
窓の外はまだざあざあ雨が降っている。熱の上がった波留に反して、百合香の身体はすっかり冷えてつめたくなっている。
(……何をやっているんだ、俺は)
ソファの背もたれにかけっぱなしのブランケットを手繰り寄せ、百合香の背中へそっとかけてやる。
何か着せられるものを持ってこようとソファから降りようとして、ふと、波留は百合香の左手を取った。
くたっと力を失った薬指の脇にそっと口付ける。そして、刻み込むように歯を立てた。
「ぃっ……」
「大丈夫。血は出てない」
白い指に赤い痕。
見えづらい、でも、ふとした折に確実に目に入る位置。
「ごめんな」
仕上げにちゅ、と指先にキス。
波留は百合香の肩までブランケットを引き上げると、自分の部屋へと消えていった。
*
「……は、波留、さん……」
「うん?」
「私はまた、その、やらかしてしまったのでしょうか……?」
翌朝、這うようにしてリビングへやってきた百合香は、青を通り越して土気色の顔で子どものように震えていた。
サイズの大きい波留のTシャツを頭からすっぽりとかぶっただけの格好は、波留にしてみれば目の毒だ。でも、あくまでも平然とした顔で、波留は軽く小首をかしげてみせる。
「やらかした?」
「ええと、その、最初の日みたいに……お酒のせいで失礼なことをしたんじゃないかと……」
「ああ、そういうことか」
緩む口元を隠すように、波留は手元のコーヒーに口をつけた。
「昨日の中原は完全に酔いつぶれていて、帰ってくるなりそのままソファで寝始めたんだ。服もシャツも全部濡れていたから、悪いが俺が着替えさせた」
「うあああああ申し訳ございません! 本当に! 申し訳!!」
「いや、俺こそ無断で脱がせて悪かった。ストッキングは破れていたからそのまま捨てさせてもらったが」
「捨ててください! 捨ててください! あああもうホント私のバカ……!」
声にならない叫びをあげて床に突っ伏し、百合香はひとりで悶え苦しんでいる。
その、左手の薬指に見える、はなびらのような赤い痕。昨夜の熱を思い出し、波留は自分の身体がじわりと熱くなるのがわかった。
「変なところに怪我もしちゃったし、しばらく禁酒でもしようかなぁ」
自分の左手をさすりながら、百合香はすっかり疲れ切った様子で言う。頭もまだ痛むようで、さきほどからこめかみのあたりをしきりに手で押さえている。
波留はソファを横にずれ、自分の隣を二度手でたたいた。ふらふらおぼつかない足取りで、百合香が隣に腰かける。素直なことだ。昨夜このソファで自分が波留に何をされたのか、微塵も疑う気配はない。
「どうしても飲みたいなら家で飲めばいい。それなら」
波留は百合香の左手に触れると、その傷痕を指でなぞった。
「俺が傍で見てるから」
隣から顔を覗き込まれ、赤面した百合香がパッと波留の手を払いのける。茶化さないでよと口では言うが、彼女はきっと波留の提案を素直に受け入れるのだろう。彼女の目線では、すでに二度も酒で波留に迷惑をかけている。それをよしとする百合香ではないはずだ。
自分の格好の危うさに気づいた百合香が、慌てて立ち上がると着替えてくると言って自分の部屋へと戻っていく。その後姿を十分に堪能してから、波留は昨夜の余韻の残るソファで熱い吐息をふぅと吐いた。
おわり
・波留視点三人称
・本番はないけどまあまあ過激。一人の時に読むべし。
*
――今日は会社の飲み会があるから、遅くなるね。
あまりにも嬉しそうに百合香が話すものだから、水を差すのも気が引けてしまい結局黙って見送った。
百合香の会社は規模が小さく、社員の大半は女性である。だから今回の飲み会も、いわゆる女子会の類だろう。
そう自分を納得させながらも、波留は結局落ち着かないまま百合香の帰りを待っていた。時刻はすでに十一時過ぎ。雨足はどんどん強さを増して、窓の外に咲く大輪の傘も今となっては無いに等しい。
ソファに横たわり天井を見上げていた波留は、不意の物音に飛び起きるとタオルを掴んで立ち上がった。この雨の中を帰ってくるなら百合香はきっとずぶ濡れだろうと、何時間も前に用意したタオルだ。物音は玄関から。帰ってきたに違いない。
玄関のドアを開けてやろうと手を伸ばしたとき、それは聞こえた。
かすかな声。
男のものだ。
「えーっと、鍵は……鍵、どこですかぁ? 中原さん。カバンの中? それともこっちのポッケ?」
バタン!
あまりにも勢いよく開けすぎた扉は、どうやら前のめりになっていた男の鼻先をかすめたようだ。
放り出された傘。頭からびしょ濡れの百合香と、そんな彼女の腰を抱きつつ手を握り、空いた手で胸元をまさぐろうとする男。
男は怖々と波留を見上げ、それから盛大に頬を引きつらせる。なんで男が。別れたんじゃなかったのか。声なき声が雨にかき消され散っていく。
「ええっとぉ……あの、僕、中原さんの会社の者で……」
「…………」
「今日あの、会社の飲み会で、その、中原さん、酔いつぶれちゃったから、ご自宅までお連れしたんですが……」
「そうですか……それはどうも」
波留は男へ目を向けたまま、今にも崩れ落ちそうな百合香の身体を両手で支え、軽々と肩へ担ぎ上げた。
百合香の会社にこんな男いたか? 最近入った派遣だろうか。どちらにしろ、もう一度身辺を調べる必要があるだろう。
「そ、それじゃあ僕はこれで」
投げ出された傘を片手にそそくさと立ち去ろうとした男の背を、
「ちょっと」
波留の冷たい声が呼び止めた。
「な、なんでしょう……?」
「百合香のジャケット、胸の内ポケットはついていません。家の鍵なら鞄のポケットにいつも入れていますので」
「そ、そうですか。はは、失礼しました!」
男の言葉が終わるより先に、波留は再び音を立てて扉を閉めた。さっさと消えろと直接言われないだけでもマシだと思え。そんな悪態を心に吐きつつ、濡れた鞄を玄関に置いて百合香をリビングへと連れていく。
「ん、んぅ……」
口紅のすっかりとれた唇からは、さっきからむにゃむにゃと喃語ばかりが聞こえてくる。すさまじい酒の匂い。どうやら彼女は懲りずにまた深酒をしたらしい。
ソファに身体を横たえて、軽く百合香の頬を叩いた。百合香は心から幸せそうに笑っているが、まぶたを開く気配はない。
「中原」
「ん~……」
「着替えた方がいい。このままじゃ風邪をひく」
「う~……」
どうやら完全に眠ってしまっているようだ。
波留は百合香の身体を起こすと、濡れたジャケットをフローリングへ放り出した。シンプルな白いブラウス、下は黒のペンシルスカート。大雨でしとどに濡れたブラウスは胸元が肌にぴったり張りつき、ミントグリーンの下着のレースがうっすらと透けて見える。
あの男の目にも、きっと見えていたことだろう。
「…………」
狭いソファの上で百合香に馬乗りになった波留は、ブラウスのボタンを上からひとつずつ外し始めた。ギシ、とソファの軋む音。はだけたデコルテの濡れた感触。軽くタオルで拭ってから、鎖骨の線へ唇を這わせる。
あの男が触れていたのは、腰と、背中と……指、だったか。
胸元をちぅ、ちぅと吸い上げながら、白い素肌にまとわりつくブラウスを乱暴に剥いだ。下着に収まった胸の隆起がぶると揺れる。ブラジャーの縁にかけた指先にほんの少しだけ力を入れて、でも、それ以上は進めないまま波留は百合香の手を取った。
雨のしずくを丁寧にふき取りつつ、穏やかな寝顔へ目を向ける。波留の気なんて微塵も知らず、百合香は子どものようにすぅすぅと寝息を立てている。
無性に腹が立って、百合香の人差し指の先にちゅっと音を立てて吸いついた。そしてそのまま指の股へ、味わうように、噛みつくように、深く深く唇を這わせる。
「ん、……」
慣れない感触から逃れようと、百合香がわずかに身をよじる。波留は百合香の手首を白くなるほど強く掴み、淫靡な水音を立てながら舌先で指をねぶっていく。ちゅ、ちぅ、くちゅ。
「ん、ぅん、ゃ、……」
「こら、逃げるな」
悩ましげに寄せられた眉。いやいやと首を横に振る、その仕草すら波留を煽り立てるだけだ。
自分の唾液でべとべとになった百合香の指を軽く拭き、続けて波留は依然として眠り続ける彼女の身体をうつ伏せにした。
しっとりと濡れた背中は汗ばむ肌に少し似ている。肩甲骨に口付けると、寝ぼけた百合香の小さな唇から「あ」とかすかな声が漏れる。
歯を立てたくなる気持ちを堪え、背筋に沿って舌を這わせる。途中ふっと息を吹きかけると、眠った身体がぴくりと震えた。
百合香のかすかな反応は、波留の胸にわだかまっていた溜飲を少しだけ下げてくれた。先ほどと比べればいくらかマシな気持ちではあるが、それでもこの指の動きは止められそうにない。
人差し指の腹で百合香の脇腹をなぞりつつ、少しずつ、少しずつ背中の下へと伝う唇。
ペンシルスカートのファスナーを下げ、百合香の膝を軽く立たせると、あまりにも扇情的な光景に腹の底が熱くなった。勢いのままスカートを剝ぎ取りソファの脇へ放り投げる。
自分の吐息の熱を感じる。
昇っていく血潮の熱さも。
「百合香……」
薄い黒ストッキングは左の内腿が伝線していて、白い柔肌がわずかに覗き見えていた。吸い込まれるようにその隙間へ指を差し入れ、薄い生地を軽く引っ張る。ビッ、と小さな音とともにじわりと広がりゆく裂け目に、波留は我知らず熱っぽい唾を飲み下す。
そして――
「ふええええっくしょい!!」
可愛げの欠片もない爆発的なくしゃみの勢いで、百合香の身体は前へスライドし立っていた膝もべたんとソファにくっついた。
打ち上げられたマグロのようにまっすぐ不動の体勢で、百合香は再びすやすやと穏やかな寝息を立て始める。なんだこれ。いや、これはこれでその、悪いわけではないのだが。
「…………」
窓の外はまだざあざあ雨が降っている。熱の上がった波留に反して、百合香の身体はすっかり冷えてつめたくなっている。
(……何をやっているんだ、俺は)
ソファの背もたれにかけっぱなしのブランケットを手繰り寄せ、百合香の背中へそっとかけてやる。
何か着せられるものを持ってこようとソファから降りようとして、ふと、波留は百合香の左手を取った。
くたっと力を失った薬指の脇にそっと口付ける。そして、刻み込むように歯を立てた。
「ぃっ……」
「大丈夫。血は出てない」
白い指に赤い痕。
見えづらい、でも、ふとした折に確実に目に入る位置。
「ごめんな」
仕上げにちゅ、と指先にキス。
波留は百合香の肩までブランケットを引き上げると、自分の部屋へと消えていった。
*
「……は、波留、さん……」
「うん?」
「私はまた、その、やらかしてしまったのでしょうか……?」
翌朝、這うようにしてリビングへやってきた百合香は、青を通り越して土気色の顔で子どものように震えていた。
サイズの大きい波留のTシャツを頭からすっぽりとかぶっただけの格好は、波留にしてみれば目の毒だ。でも、あくまでも平然とした顔で、波留は軽く小首をかしげてみせる。
「やらかした?」
「ええと、その、最初の日みたいに……お酒のせいで失礼なことをしたんじゃないかと……」
「ああ、そういうことか」
緩む口元を隠すように、波留は手元のコーヒーに口をつけた。
「昨日の中原は完全に酔いつぶれていて、帰ってくるなりそのままソファで寝始めたんだ。服もシャツも全部濡れていたから、悪いが俺が着替えさせた」
「うあああああ申し訳ございません! 本当に! 申し訳!!」
「いや、俺こそ無断で脱がせて悪かった。ストッキングは破れていたからそのまま捨てさせてもらったが」
「捨ててください! 捨ててください! あああもうホント私のバカ……!」
声にならない叫びをあげて床に突っ伏し、百合香はひとりで悶え苦しんでいる。
その、左手の薬指に見える、はなびらのような赤い痕。昨夜の熱を思い出し、波留は自分の身体がじわりと熱くなるのがわかった。
「変なところに怪我もしちゃったし、しばらく禁酒でもしようかなぁ」
自分の左手をさすりながら、百合香はすっかり疲れ切った様子で言う。頭もまだ痛むようで、さきほどからこめかみのあたりをしきりに手で押さえている。
波留はソファを横にずれ、自分の隣を二度手でたたいた。ふらふらおぼつかない足取りで、百合香が隣に腰かける。素直なことだ。昨夜このソファで自分が波留に何をされたのか、微塵も疑う気配はない。
「どうしても飲みたいなら家で飲めばいい。それなら」
波留は百合香の左手に触れると、その傷痕を指でなぞった。
「俺が傍で見てるから」
隣から顔を覗き込まれ、赤面した百合香がパッと波留の手を払いのける。茶化さないでよと口では言うが、彼女はきっと波留の提案を素直に受け入れるのだろう。彼女の目線では、すでに二度も酒で波留に迷惑をかけている。それをよしとする百合香ではないはずだ。
自分の格好の危うさに気づいた百合香が、慌てて立ち上がると着替えてくると言って自分の部屋へと戻っていく。その後姿を十分に堪能してから、波留は昨夜の余韻の残るソファで熱い吐息をふぅと吐いた。
おわり