幸せでいるための秘密
ひどい気疲れが両肩に重くのしかかっている。
突如始まった波留樹試着ファッションショーは、他の店員さんや常連らしきお客さんまで巻き込んでたいへんな盛り上がりをみせた。「何を着せても似合う」「上下スウェットでもかっこいい」「逆にダサくするのが難しい」と彼女たちにとっての最大級の賛辞を浴びながら、波留くんは結局嫌な顔ひとつせず見事にモデルの役を果たしてみせた。
でも、いつまでも彼を皆さんのおもちゃにされるわけにもいかず、結局最初のセットだけ買って、逃げるようにお店を離れたのが昼過ぎのこと。モール内のレストランで遅めのランチを食べ、コーヒーを飲んで少しぐったりしていたら、あっという間にもう夕方だ。
「普段使わない筋肉を酷使したな」
当然だけど、波留くんは私の三倍疲れた顔をしている。
目深にかぶっている黒いキャップは、今日のお買い物の戦利品だ。帽子屋さんで買ったのだけど、そこでもやっぱりファッションショーが始まりそうだったので、一番外側に並んでいたキャップだけ買って逃げたのだ。
「そういえばパジャマ買い忘れたね」
「完全に忘れてたな」
「パジャマ目当てでここまで来たのにね」
「俺は中原の服をもっと見たかった」
夕陽に照らされた波留くんの横顔が、淡い橙に輝いている。
「また一緒に行きたい」
こういう甘く優しい言葉を、今まで何度も注がれてきた。
そしてそのたびに、私は困ったように笑って、またそんな冗談を言ってとスルーし続けてきたように思う。どうせからかっているのだろうと。あるいは馬鹿にしているのだろうと。
でも。
「うん」
ほんのちいさな私の声に、波留くんがわずかに顔を向ける。
「私も、また一緒に――」
「百合香」
一瞬、時が止まった。
視界が一気に真っ暗になる。
忘れかけていた思い出の数々が、足元のさらに奥深くからずるずるとせりあがってくる。肌が粟立つ。息が止まる。頭がそれでいっぱいになる。
「彰良……」
力なく顔を上げた私の、ほとんどかすれた声を聞いて、少し前まで恋人だった男はきまり悪そうに口角を上げた。