幸せでいるための秘密
 椎名くんの家について、敷きっぱなしのマットレスに横たわった。

 ダイニングテーブルの上には、近所のドラッグストアの袋がそのまま残されている。中に入っているのは経口補水液のペットボトル。昨日のうちに二人が買ってきてくれたのだろう。

 二人の優しさが身に染みるとともに、やっぱり心のどこかで違和感が顔を覗かせる。彼らは優しい。でも、私はこのままで大丈夫なの?

「さて。波留は夜まで帰ってこないけど――」

 ダイニングチェアに腰かけた椎名くんは、両手で自分の片膝を抱えて私の方を振り返った。

「何か俺に、聞いておきたいことはある?」

 その言葉とともに、脳に一気に血が巡り出す。

 波留くんがすべてを打ち明けたとき、椎名くんは素知らぬ顔でずっと後ろに座っていた。話の途中にも彼の名前は当然のように現れている。彼が波留くんの共犯(という言葉が正しいのかはわからないけど)であることは疑いない。

「椎名くんは……どこから、どこまで知っているの?」

 曖昧な言葉だったけど、趣旨は十分伝わったらしい。

 椎名くんは前を見たまま、

「うーん、七割くらいかなあ」

 と、相変わらずの軽い調子で答えた。

「全部とは言わないけど、だいたいのことは知ってると思う。相談もよく受けていたしね」

「……私は、波留くんの行動を……普通じゃない、と、思うのだけど」

「うん」

 ちょっと笑って、椎名くんが肩をすくめる。

「俺も同感」

「……だったらどうして手伝ったの? あのマンションを案内したのも、劇団を紹介したのも、みんな椎名くんなんでしょ?」

 椎名くんは微笑のまま首を軽くかしげている。それから、芝居がかった仕草で考え込むふりをして、

「理由は二つある」

 と、右手でピースを作って見せた。

「ひとつは、波留の行動が異常だとしても、想定そのものは正しいと思ったから」

「想定?」

「想定ってのは、例えば中原が里野の家を飛び出したら行き場がなくなるってこととか、傷心の中原は変な男に目をつけられやすいってこととか……直近に起こり得る課題、ってことかな。『今の中原にはこんな危険がある』っていう着眼点自体は正しいと思ったから、解決方法の異常さにはとりあえず目を瞑ることにした」

 ぐ、と私は押し黙る。ここは本当に、否定のしようがないくらい正しい。

 実際問題、波留くんの暗躍のおかげで私はずいぶん助けられている。この椎名くんの家に避難する手立てを整えてくれたのも波留くんだ。

「もうひとつは?」

 訊ねる私に、椎名くんの笑みが深くなる。

「俺は、波留が本気で中原を好きだと知っている」
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