幸せでいるための秘密
 身体にじわと火が灯る。

 シーツを握る指先に、自然と力がこもっていく。

「たとえ異常な解決方法でも、決して中原の不利益にはならないだろうと思ったんだよ」

「…………」


 ――きみが好きだ。


 付き合っていた頃までさかのぼれば、何十回、何百回とかけられてきた言葉だった。

 今なら私も断言できる。波留くんは本当に、本当に心から、私のことを愛している。

「波留くんは、どうして……あんなに私を好きでいてくれるの?」

 無意識のその質問は、ほとんど独り言みたいに零れ落ちた。

 椎名くんは背もたれに寄りかかり「哲学的だね」なんて呟く。

「俺は基本、好意っていうのは利益のある相手にしか持ち得ないものだと思ってる」

 利益、と私が繰り返す。

 椎名くんはうなずき、正面を向いたまま続けた。

「彼女が金持ちなら豪遊できる。美女なら連れ歩けばトロフィーになる。相性が良ければ性欲を……まあこんな感じで、言い換えれば利益のない相手を好きになることなんて、基本的にはないと思うんだよ」

「うん」

「つまり中原は、波留にとって大きな大きな利益がある存在だってこと」

 大きな大きな……利益がある?

 私はまったくお金持ちじゃない。波留くんの方が高収入だ。見せびらかして歩けるほどの美女でもない。むしろ波留くんの方がずっと目立つ。相性は……別れて以来そんなこと一度もしていないのだから、利益に上がるはずもない。

「で、心当たりは?」

「まったくないです」

 椎名くんは歯を見せて笑った。

「じゃ、考えるだけ無駄だよ、きっと」

 あっさり突き放されてしまった。

 熱いこめかみをマットレスに押し当てながら、私は真剣に考える。利益。利益。どちらかというと、私なんかを好きになったところで不利益しかないような気もする。

 私は結局、波留くんからたくさんのものを受け取るばかり。私の方からあげられるものなんて数えられるほどしかない。

「利益があるから好きになるってことは、利益がなくなれば好きじゃなくなるってことでしょ?」

「そうだね。あるいは、不利益が利益を上回るか」

「自分の利益が何なのかもわからないのに、どうやってその利益を維持すればいいの?」

 椎名くんは少し目を見開き、それからニヤリと意地悪く笑った。

「維持したいの?」

 私は再び黙り込み、枕に顔を押しつける。ああもう、この人って本当に。

 椎名くんは弾けるような声で笑うと、それからゆっくりと私の方へ近づいてきた。隣に彼が寝転ぶ気配。ほんの少しだけ顔を上げると、いつもより真剣な顔が思ったよりも近くにある。

「ねえ中原。波留のこと、もう一度前向きに考えてやってよ」

「…………」

「昨日も言ってたでしょ? 嫌いな相手を追い詰めることは、中原が喜ばないからもうしない、って。あれから六年も経ってるんだよ。波留だってちゃんと成長してるよ」

 それは私だってわかっている。

 信頼と恐怖に揺れる心が、少しずつ、でも着実に傾いていることも。

「椎名くんって……何者なの?」

 最後の問いに、椎名くんはちょっとだけ驚いた表情をして、

「俺は中原の味方だよ」

 と、うさんくさくウィンクした。


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