幸せでいるための秘密



 椎名くんには、あえて話はしなかった。

 でもバレた。速攻だった。

「なんでわかったの?」

「顔に出すぎ」

「私が? 波留くんが?」

「両方だよバカップルめ」

 けっ、なんてつまらなそうに吐き捨てながら、椎名くんは波留くんの膝を踏む。漏れるうめき声。波留くんは今、椎名くんの車を無断で使った罰として、かれこれ二時間正座をさせられている。

 そういえば弓道部では、遅刻や無断欠席、自分の弓具の片づけ忘れがあったときは、罰として道場で正座をさせられていたっけ。懐かしいなと思いつつ、自然と笑みがこぼれてくる。

「丸く収まったならそれでいいけど、俺ん家で変なことしないでよね」

「絶対しないです」

 椎名くんの家の椎名くんのマットレスで椎名くんと三人で寝ながら変なことって、もう物理的にできるはずがない。

 ああでも、私たちだって大人のお付き合いなのだから、当然いつかはそういうことをするようにもなるだろう。そうしたらその、椎名くんの家でできないのは当然として、やっぱりそういうための場所に、行こうとか言われるのかな……。

「…………」

「俺が波留を踏む姿見て顔を赤らめるのやめてくれない?」

 別にそれを見て赤面しているわけじゃない。

「あの……椎名くん」

「なに?」

「ありがとう、色々と」

 彼が背中を押してくれたから、私は素直になることができた。

 椎名くんは軽く微笑んで、それから足に力を込める。悲鳴とも唸り声ともつかない音が、地響きみたいに漏れてくる。

「さて中原。俺は今日猛烈にオムライスが食べたい気分です」

「誠心誠意お作りいたします、部長!」

「部長、俺、そろそろ膝が……」

「お前はあと一時間正座してな」

 椎名くんはビーズクッションを引きずり出すと、これ見よがしに波留くんの目の前で横たわった。私は両腕に腕まくりをして、意気揚々とキッチンへ乗り込む。

 両膝に手をついて小さく震えていた波留くんが、少し顔を上げて私を見た。がんばれ、と唇だけで伝えると、彼も笑って軽くうなずく。

「そこ! いちゃいちゃ禁止!」

 部長の声に蹴っ飛ばされて、私はバタバタとキッチンへ。波留くんは再び真摯な顔で膝の痛みに集中する。

 でも、こんなに清々しい気持ちなのは久しぶり。窓の外に広がる街の夜景が、いつもよりずっとキラキラ輝いて見えた。
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