幸せでいるための秘密
第九章 恋人準備期間
 さて。

 波留くんと正式にお付き合いをしていくにあたり、私は三つの条件を課した。

「ひとつ。何か行動を起こすときは、必ず事前に相談すること」

 行動? と、きょとんとする波留くんに、以前もらったものを差し出す。金色の糸で『悪縁切』と刺繍されたお守り。その口を指先でこじあけて、波留くんの手のひらに中身を突きつける。

「こういうGPS発信機とか……なんかこう、劇団とか! そういう変な行動をしたいなって思ったら、ちゃんと先に相談してってこと!」

「……そんなに嫌か? GPS」

 心の底から不思議そうな顔をする波留くんを見ていると、まるで私の方がおかしいような気持ちになってくる。いや待て待て、そんなはずはない。だいたいコレってストーカー対策というより、ストーカー本人が使うもののはずでしょうが。

 波留くんはスマホを片手に何やらアプリの検索をしている。『カップルで位置情報を共有』みたいな文字が横切ったけど、見なかったことにして次へ行く。

「ふたつ。椎名くんと三人でいるときは、友達同士に戻ること」

「えっ」

 波留くんが目を見張る。でもこれは仕方のないことだ。

「友達同士って……それだと、何もできないだろ」

「何もしないよ」

「本当に何も? キスは?」

「だめだよ。手を繋いだりもなし」

 ……呆然と虚空を眺める波留くん。どうやら、思ったよりも大きなショックだったらしい。

 確かに、彰良の件がきちんと片付くまで、私たちは椎名くんの家でお世話になり続けるだろう。そうするとどうしても、ほとんどの時間を三人で過ごすことになるわけで。

(恋人らしいことができるのは、当分先になるだろうなぁ)

 でも椎名くんの目の前でべたべたくっついてこられたら、恥ずかしい思いをするのは私の方だ。寂しい気持ちをぐっと飲み込み、三本目の指を立てる。

「みっつ。椎名くんに優しくすること!」

 五秒ほどたっぷりの間を置いて、波留くんがこてんと首を傾げた。

「椎名に……優しく……?」

「従兄弟同士っていうのは聞いたけど、波留くんはちょっと椎名くんへの配慮が足りないよ」

「……配慮……?」

 なんで急に日本語ワカリマセンみたいな顔をするのかな。

 これはある意味一番大事だ。ここ最近の様子を見た限り、波留くんの椎名くんへの扱いはなかなかにひどいものばかり。もちろんその、やきもちを焼いていたというのも少しはあるだろう。でも、今の私たちは椎名くんの優しさに甘えている真っ最中なのだ。

 椎名くんがいるであろうお風呂場の方を一瞥し、私は再び波留くんへと向き直る。

「ただでさえ私のせいで、椎名くんにたくさん迷惑かけてるんだから。私も気をつけるけど、波留くんにももっと椎名くんに優しくしてほしいの」
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