幸せでいるための秘密



「それじゃあおやすみー」

 椎名くんが部屋の電気を消す。

 三人同時に布団に入るのは、なんだかちょっと新鮮だ。今まではどうしても生活リズムのずれがあって、みんなの寝る時間は基本バラバラ。特に樹くんは帰りが遅いから、たいていの場合は私が先に眠ることが多かった。

 壁にぴったり張り付いて静かに耳を澄ませていると、少しもしないうちに椎名くんの小さな寝息が聞こえてくる。これは最近知ったことだけど、椎名くんはすごく寝つきがいい。少しのお酒で朝までぐっすり。ある意味うらやましい体質だ。

(でも、私が椎名くんの立場だったら、緊張して眠れないかも)

 そう思いかけた瞬間、この状況の妖しさに気づき、全身にじわりと汗がにじんだ。薄暗い部屋。隣り合わせで眠る恋人。右側から漂う空気が夏のアスファルトみたいに熱い。

「百合香」

 かすれた声。

 振り返ってはいけないと、わかっているのに逆らえない。

「椎名が寝た」

「……寝た、ね」

 波打つシーツに頬をうずめて、樹くんは甘えるように言う。

「そっちに行きたい」

 私は無言で唾を飲み込む。確かに彼が横になる位置は、二枚のマットレスのふちが当たってとても寝づらい場所だ。どうせ眠るなら平たい場所がいいのは当然のことだろう。

 でも、これはそういう話じゃない。

 そんなことくらい、私にもわかっている。

「百合香」

 椎名くんがいるからだめだよ、と。

 本当は言わなくちゃいけない。でも早打つ心臓の音に急かされ、私は気づけば小さくうなずいていた。

 軽く起き上がった樹くんの身体が、少しずつ距離を縮めてくる。シーツを擦る音。マットレスの軋み。うつむく私を覆う暗闇がよりいっそうの濃さを増して、薄暗い視界がただひとり、樹くんでいっぱいになる。

 額が温かな胸元に触れ、次に背中を抱き寄せられた。頬までぴったり彼の胸板におしつけられて、薄いシャツ越しに心臓の音が聞こえてくる。

 ふいに吸い込んだ空気に混ざる、樹くんのにおい。鼻から直接脳へ届いて、触れられたら困るところをダイレクトに揺さぶってくる。

 熱い。
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