幸せでいるための秘密
「わ……わたし」

「ん?」

「手、どうしたら、いい……?」

 自分の胸の前で小さく閉じたまま、すっかり行き場を失った両手。

 樹くんは私の手をちらと見て、それから耳元でいたずらっぽく囁いた。

「触りたいところを、どこでも」

 ぎゅうっと唇を噛んだ私の、耳まで真っ赤になった顔を見て、樹くんがくつくつ笑うのがわかった。くやしい。でも、どうやれば仕返しになるのか、茹だった頭では到底思いつきそうにない。

 でも私だって、別にピュアな乙女じゃないんだ。少しだけむきになりながら、おそるおそる樹くんの背へ腕を回す。

 大きな背中。ごつごつしていて、少ししっとりしていて、触れているだけで彼の熱を感じる。両腕を開いたことであらわになった胸の隙間は、樹くんが私の背中を強く抱き寄せてすぐに埋まった。

 ぴたりとくっついた肌と肌が、呼吸に合わせてわずかに上下する。それももう、私の呼吸なのか彼の呼吸なのか、すっかり混ざり合ってわからない。

「こっち」

 大きな手に重ねられた手のひらが、樹くんの首筋へと導かれた。そうっと両腕を樹くんの首へ回す。自然、身体が少し上がって、胸と胸とが直接触れ合う位置になる。

 間近で絡まる視線。

 ひと呼吸おいてから、どちらともなく目を伏せる。

 本当にただ触れるだけの、子どもみたいに優しいキスは、自分でも信じられないくらい穏やかで心地よかった。全身に溜まったストレスが溶け出して、身体の中が甘い空気でいっぱいになる。緊張でこわばった四肢が少しずつ緩んでいくのがわかる。

(気持ちいい)

 少しずつ角度を変え、深さを変え、ただひたすら唇を押し付けあう。それだけでもう、あたたかな海の中でぼんやりと浮かんでいるみたいに快い。

(このまま、眠って、しまいそう……)

 鼻でゆっくりと呼吸しながら、おだやかな睡魔に抗うように、ほんの少しだけまぶたを開ける――

 瞬間、間近に見えた切れ長の瞳が孕む欲の熱っぽさに、私は思わずハッと目を見開いてしまった。
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