幸せでいるための秘密
 私の驚きを読み取ったのだろう、樹くんは目元で少しだけ笑うと、唇を唇で塞いだままゆっくりと体勢を変えた。抱かれた背中がマットレスに沈み、首に絡めていたはずの腕は彼の両手に縫い付けられる。

 いつきくん、と言いかけた刹那、唇がひらくのを待っていたように舌先が中へ侵入した。逃げる舌が絡めとられて、唾液がちゅ、と音を立てて混ざり合う。とっさに傍らの椎名くんを見ようとしたけれど、咎めるみたいに両手で顔を掴まれた。

 ――今は、俺だけ。

 燃え上がるような熱い瞳にまっすぐに見つめられて、自分の足先がシーツを蹴って軽く跳ね上がったのがわかった。

 嚙みつきあう唇の隙間から濡れた吐息がこぼれ落ちる。

 触れられてもいない下腹部が何かを待ちわびるように揺れる。

 だめだと叫ぶ理性を無視して身体は素直に悦び悶える。

(のみこまれる)

 もう無理――と思ったとき、ふいに唇が離れたと思うと、身体を起こした樹くんがぐいと手の甲で口元を拭った。冷たい空気が肺へ一気に流れ込む。私も彼も荒い呼吸で、ただ静かに見つめあう。

「ごめん」

 切なく陰った表情は、熱の終わりを如実に物語っていた。

 ほっとした反面、身体の奥ではやっぱり灯火がくすぶっていて、私は自分をごまかすように少し内腿をすり寄せる。

「樹くん、もう少しだけ……」

「わかってる」

 私の頬にキスをして、樹くんは苦しそうに微笑んだ。

「今までずっと耐えてきたんだ。もう少しくらい我慢できる」

 ……このときの私の気持ちを、どう言い表せばいいだろう。

 わかってない。わかってないけど、どうしようもなく彼は正しい。

 樹くんの節くれだった指先が、汗で少し湿った私の髪を軽く撫でる。それから椎名くんの寝姿を確認して、彼はゆっくりと立ち上がると廊下の方へと歩いて行った。

 どこにいくの、なんて野暮なことを聞く気はない。私は壁際に寄って、彼の寝る方へ背中を向けて丸くなる。

 我慢、我慢。椎名くんと三人でいるときは、友達同士に戻ること。

 私が言い出した条件だ。もちろん忘れてなんかいない。でも。

(身体が熱い)

 今夜は私の方が――眠れないかもしれない。
< 77 / 153 >

この作品をシェア

pagetop