幸せでいるための秘密
『なぁに百合香、どうしたの?』
「あのね、今ニュースで新潟で地震あったって出たから、念のため電話してみたの。そっちはどう?」
『ちょっと揺れたけど全然どうってことないよ。停電もうちは無し』
あっけらかんとしたお母さんの言葉に、少しだけ心がほっとする。ニュースを見た限り大ごとではないだろうと思っていたけど、やっぱり直に言葉を聞くと安心の度合いが違うものだ。
『ただ、あんたのサーレくんの押し花が落っこちちゃっただけだわね』
笑って付け足されたそれは、私にとっては耳慣れない言葉だった。頭の中で二度反復して、それからようやく声に出してみる。
「サーレくん……?」
『なに、忘れたの? 公園で一緒に遊んでた外国人の男の子、サーレくんっていったでしょ? あんたの初恋の相手じゃないの』
「え、そうだっけ? 初恋?」
『思い出しなさいよ! サーレくんがくれたお花だって、山百合持って帰ってきたじゃない。好きな人からもらったものだって一丁前に言うもんだから、お母さんが丁寧に丁寧に押し花にして、ずーっとリビングに飾ってたでしょ』
そこでようやく『サーレくん』はともかく、お母さんの言う押し花があの額縁の山百合のことだと気がついた。でもあの山百合って、初恋の人からの贈り物だったの? 大事な人からもらったものだとは覚えていたけど、まさかそれが初恋の相手で、しかも外国人だったなんて。
「……なーんにも覚えてないな」
『もう、情緒がないんだから。この押し花もいい加減ボロボロになってきたし、あんたがそんななら捨てちゃおうかしら』
電話の向こうでガタガタと額縁を揺らす音がする。とっさに私は「待って!」と声を上げていた。
「お母さん、それ、もうちょっと待って!」
『え、何を?』
「押し花、捨てるの……」
今の今まで記憶の片隅に追いやっていたようなエピソードだ。山百合の押し花も、初恋の人の名前も、結局のところどうでもいいことなのかもしれない。
でもなぜだか私は、それを捨ててほしくなかった。理由をうまく言葉にするのは難しいのだけど、どうしても……その花に、そこに在り続けてほしいような気がしたのだ。
「あのね、今ニュースで新潟で地震あったって出たから、念のため電話してみたの。そっちはどう?」
『ちょっと揺れたけど全然どうってことないよ。停電もうちは無し』
あっけらかんとしたお母さんの言葉に、少しだけ心がほっとする。ニュースを見た限り大ごとではないだろうと思っていたけど、やっぱり直に言葉を聞くと安心の度合いが違うものだ。
『ただ、あんたのサーレくんの押し花が落っこちちゃっただけだわね』
笑って付け足されたそれは、私にとっては耳慣れない言葉だった。頭の中で二度反復して、それからようやく声に出してみる。
「サーレくん……?」
『なに、忘れたの? 公園で一緒に遊んでた外国人の男の子、サーレくんっていったでしょ? あんたの初恋の相手じゃないの』
「え、そうだっけ? 初恋?」
『思い出しなさいよ! サーレくんがくれたお花だって、山百合持って帰ってきたじゃない。好きな人からもらったものだって一丁前に言うもんだから、お母さんが丁寧に丁寧に押し花にして、ずーっとリビングに飾ってたでしょ』
そこでようやく『サーレくん』はともかく、お母さんの言う押し花があの額縁の山百合のことだと気がついた。でもあの山百合って、初恋の人からの贈り物だったの? 大事な人からもらったものだとは覚えていたけど、まさかそれが初恋の相手で、しかも外国人だったなんて。
「……なーんにも覚えてないな」
『もう、情緒がないんだから。この押し花もいい加減ボロボロになってきたし、あんたがそんななら捨てちゃおうかしら』
電話の向こうでガタガタと額縁を揺らす音がする。とっさに私は「待って!」と声を上げていた。
「お母さん、それ、もうちょっと待って!」
『え、何を?』
「押し花、捨てるの……」
今の今まで記憶の片隅に追いやっていたようなエピソードだ。山百合の押し花も、初恋の人の名前も、結局のところどうでもいいことなのかもしれない。
でもなぜだか私は、それを捨ててほしくなかった。理由をうまく言葉にするのは難しいのだけど、どうしても……その花に、そこに在り続けてほしいような気がしたのだ。