幸せでいるための秘密
 正直口を開くのも嫌で、息を止めたまま黙り込んでいると、樹くんが一華さんの身体を私から引き剝がしてくれた。甘えるように首にまとわりつこうとした腕を払いのけ、樹くんは私と一華さんの間に割って座る。

「彼女は俺の恋人です」

 端的な。

 そしてあまりにも直球な一言に、今度は別の意味でたじろいでしまった。身体が一気に熱くなる。樹くんの背中を見られない。

「恋人? ずいぶん珍しい言葉使うじゃん。樹は女とレンコンの区別がつかないんだと思ってたわ」

「どういう意味ですか」

「言葉のとおりよ。はーぁ、つまんないの。てっきり毎晩【下品につき削除】三昧でうらやましーと思ったのに」

 な、な、なに言ってるのこの人!

 童心に返ったつもりで毎晩三人で雑魚寝してるのに、そんなこと言われたらこの先ますます寝づらくなっちゃうじゃない!

 ただでさえ遠い心の距離が一気にかけ離れていく。どうしよう私、本格的にこの人苦手だ。たとえ彼女が雨の日に捨てられた子猫を拾っていたとしても、私はきっとこの人を好きになれない気がする。

「彼女にそういうことを言うのやめてもらえますか」

 気後れもせず言い放つ樹くんの顔を、一華さんは不躾にじろじろと見る。それから、樹くんの肩に両手をかけて上から私を覗き込もうとしてきたので、私はとっさに背中をむけてきつく両目をつむってしまった。

「ふぅーん……」

 ああ怖い。この人本当に、何を言い出すかわからないから怖い。

 今もどんな目で私を見ているのだろう。『このちんちくりんのどこがいいの?』とか『整形してから出直してこい』とか、直球で私の心をえぐる暴言を笑いながら吐かれそうだ。

 ふいに視界が闇に陰って、顔を上げると目の前に一華さんがいた。一華さんはにんまり笑って私の両頬を持ち上げると、お酒臭い顔を近づける。

「運動できなさそうな顔してんね」

 うなずくわけでも首を振るわけでもなく、ただ瞬きをするだけの私。

 でも、一華さんはひとり納得したように笑うと、私の耳元に熱い吐息を吹きかけた。

「おねーさんが良い場所に連れてってあ・げ・る」
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