幸せでいるための秘密



 大きなダンベル。

 いかつい筋トレ器具。

 窓辺から階下を見下ろせるよう、ずらりと並ぶランニングマシン。

 駅から徒歩五分に位置するスポーツクラブシーナ神奈川は、この辺りでは一番高級で有名なクラブだ。施設の広さも設備の新しさも、他とは比較にならないという噂だけは聞いていた。

「……こんなところにお酒の匂いさせて来て大丈夫なんですか?」

「平気平気! だってここ、あたしの店だもん」

 ああ、そういうことですか。元社長さんな椎名くんのお姉さんだと思えば、別段驚くことでもない。

 脱力する私の服装は、身体にぴったり張り付くような黒いタンクトップとショートパンツ。中に着ているスポーツブラ含めて、なんと一華さんが全部まとめて買ってくれたものだ。タンクトップはサイズがぴちぴちで肩も背中も丸出しだから、できれば上にTシャツを着たかったけど「そんなもんないよ!」と一蹴されてしまった。

 一華さんは私とほとんど同じ格好だけど、それでもやっぱりスタイルの良さが際立っている。私の身体のあちこちについている余分なお肉が、一華さんの場合は全部そぎ落とされているということかな。その上で出るべきところはきちんと出ているから、女でもつい見惚れてしまう。

「中原、なかなか《《らしくない》》格好してんね」

 トレーニングウェア姿の椎名くんが、私の頭からつま先までをからかうようにじろじろ眺める。確かに、普段のオフィスカジュアルや休日用ぶかぶか普段着と比べれば、この格好はなかなか……いや、かなりらしくないと言えるだろう。

「……やっぱり、似合わないよね?」

 そっと両手で胸元を隠し、苦笑いで目を逸らす。正直この贅肉ぷよぷよの身体を彼らに見られるのは嫌だ。無理にでも上に着るTシャツを用意するべきだったと、今更になって後悔する。

「いや似合うよ! 正直なところ、俺的には想像以上に良かったよ。なあ波留?」

 いかにも楽しそうに笑う椎名くんに反し、樹くんは何とも言えない複雑そうな面持ちのまま、私の足元と部屋の隅で視線を行き来させていた。

 やっぱりこんなの、似合わなかった? それとも私の身体が想像以上にぷよぷよだったから、幻滅されてしまったのかも……?

「あたしは百合香《《と》》遊んでるから、あんたたちはその辺で適当に鍛えてな!」

「中原《《で》》遊ぶの間違いじゃないの?」

 一華さんに追い払われて、樹くんと椎名くんはランニングマシンの方へ歩いて行った。ほっとしたのも束の間、私は一華さんに首根っこを掴まれて見慣れない筋トレ器具へ座らされる。

「今夜は【下品につき削除】なんてヤれないくらい、メタメタに鍛えてやるからね」

 何を言っても無駄だと感じ、私はおとなしく「ハイ」とだけ返事をした。
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