幸せでいるための秘密
一華さんは……やっぱり苦手だ。
気が強くてキビキビしていて、自分を遠慮なく押し出してくる。人を振り回すのも躊躇がなくて、なにより自分に絶対的な自信と矜持を持っている。
でも彼女の指導を受けるにつれて、最初に感じた強烈な拒否感は少しずつ薄れていった。言っていることは基本正しい。本人にも特に悪気はない。ただ、ちょっとパワフルで話していると疲れるのは変わらないけど。
「どう? あたしの言ってる意味、わかってきたんじゃない?」
汗だくの私にタオルを差し出しながら、一華さんはえへんと胸を張る。そりゃあもうわかります。内臓を支える筋肉が弱いから体内で下がって胃下垂になる。お尻だってそう、きちんと鍛えてないからダルダルでスキニーパンツが履けないんだ。
(……ん?)
何気なく顔を上げた先に、樹くんの姿が見えた。見慣れないポニーテールの女性と向かい合って話をしている。女性は遠めでもはっきりわかるほどスタイルが良く、私と同じトレーニングウェアを完璧に着こなしている。
並んでチェストプレスマシンのもとへ歩いていく二人。そして、器具に腰かけた樹くんの脇腹を、艶やかな女性の細い指が撫でさするように触れた。
(…………)
胸のあたりがもやもやする。
こんな言い方をすると変態みたいで嫌なのだけど、はっきり言って私だって触れ合うのを我慢しているんだ。付き合いたての恋人同士だもの、人目さえなければたくさん抱きしめあいたいし、キスだっていっぱいしたい。
でも、今は状況が状況だから、ぐっと堪えている最中だというのに……あんな見ず知らずの人が、べたべたと……。
「ヘイヘイ、百合香」
視界に綺麗な指がちらつき、それから一華さんがひょいと顔を覗かせた。
「上の階に大浴場あるから、裸の付き合いでもしましょーよ」
正直気は進まなかったけど、ここにいたくないという気持ちが私の背中を後押しした。
私は勢いよく立ち上がると、意識して二人に背中を向ける。苛立ちを誤魔化すみたいにペットボトルのキャップを開けると、握られすぎてひしゃげたボトルからスポーツドリンクが噴き出した。
*
「あああああ~~」
「なにそれー、ビール飲んだおっさんじゃん」
肩までお湯に浸かった瞬間なさけない声が全身から漏れた。
数年ぶりにいじめられた私の筋肉が、ようやくの自由に歓喜の声を上げている。なにこれ最高。温泉って気持ちいい。疲れた身体にお湯の温かさがぐんぐん沁みていくのがわかる。
「人工温泉だけど、なかなかのもんでしょ。このお風呂目当てに入会してる人だっているんだから」
「最高です……今まで入ってきた中で一番のお風呂かもしれないです」
「そりゃよかった」
穏やかな日光が天窓のガラスから広い湯船の底へ差し込んでいる。ほわほわとうごめく柔らかな湯気が、呼吸するたび身体の中までほのかに温めていくみたい。気を抜くとこのまま眠ってしまいそうで、湯船のふちに寄りかかる。
肩までお湯に浸かっていた一華さんが湯船で軽くのびをすると、見とれてしまうほど豊満なバストがお湯の中でぶるんと揺れた。うーん、さすが一華さん。何から何までゴージャスだ。
「百合香」
「あっ、はい!」
さすがにじろじろ見すぎただろうか。慌てた私はお湯を跳ね上げて兵隊みたいに背筋を伸ばす。
お化粧を落とした一華さんの顔は本当に椎名くんそっくり。目力の強い大きな瞳が私を捉えて離さない。
「樹はやめときな」
気が強くてキビキビしていて、自分を遠慮なく押し出してくる。人を振り回すのも躊躇がなくて、なにより自分に絶対的な自信と矜持を持っている。
でも彼女の指導を受けるにつれて、最初に感じた強烈な拒否感は少しずつ薄れていった。言っていることは基本正しい。本人にも特に悪気はない。ただ、ちょっとパワフルで話していると疲れるのは変わらないけど。
「どう? あたしの言ってる意味、わかってきたんじゃない?」
汗だくの私にタオルを差し出しながら、一華さんはえへんと胸を張る。そりゃあもうわかります。内臓を支える筋肉が弱いから体内で下がって胃下垂になる。お尻だってそう、きちんと鍛えてないからダルダルでスキニーパンツが履けないんだ。
(……ん?)
何気なく顔を上げた先に、樹くんの姿が見えた。見慣れないポニーテールの女性と向かい合って話をしている。女性は遠めでもはっきりわかるほどスタイルが良く、私と同じトレーニングウェアを完璧に着こなしている。
並んでチェストプレスマシンのもとへ歩いていく二人。そして、器具に腰かけた樹くんの脇腹を、艶やかな女性の細い指が撫でさするように触れた。
(…………)
胸のあたりがもやもやする。
こんな言い方をすると変態みたいで嫌なのだけど、はっきり言って私だって触れ合うのを我慢しているんだ。付き合いたての恋人同士だもの、人目さえなければたくさん抱きしめあいたいし、キスだっていっぱいしたい。
でも、今は状況が状況だから、ぐっと堪えている最中だというのに……あんな見ず知らずの人が、べたべたと……。
「ヘイヘイ、百合香」
視界に綺麗な指がちらつき、それから一華さんがひょいと顔を覗かせた。
「上の階に大浴場あるから、裸の付き合いでもしましょーよ」
正直気は進まなかったけど、ここにいたくないという気持ちが私の背中を後押しした。
私は勢いよく立ち上がると、意識して二人に背中を向ける。苛立ちを誤魔化すみたいにペットボトルのキャップを開けると、握られすぎてひしゃげたボトルからスポーツドリンクが噴き出した。
*
「あああああ~~」
「なにそれー、ビール飲んだおっさんじゃん」
肩までお湯に浸かった瞬間なさけない声が全身から漏れた。
数年ぶりにいじめられた私の筋肉が、ようやくの自由に歓喜の声を上げている。なにこれ最高。温泉って気持ちいい。疲れた身体にお湯の温かさがぐんぐん沁みていくのがわかる。
「人工温泉だけど、なかなかのもんでしょ。このお風呂目当てに入会してる人だっているんだから」
「最高です……今まで入ってきた中で一番のお風呂かもしれないです」
「そりゃよかった」
穏やかな日光が天窓のガラスから広い湯船の底へ差し込んでいる。ほわほわとうごめく柔らかな湯気が、呼吸するたび身体の中までほのかに温めていくみたい。気を抜くとこのまま眠ってしまいそうで、湯船のふちに寄りかかる。
肩までお湯に浸かっていた一華さんが湯船で軽くのびをすると、見とれてしまうほど豊満なバストがお湯の中でぶるんと揺れた。うーん、さすが一華さん。何から何までゴージャスだ。
「百合香」
「あっ、はい!」
さすがにじろじろ見すぎただろうか。慌てた私はお湯を跳ね上げて兵隊みたいに背筋を伸ばす。
お化粧を落とした一華さんの顔は本当に椎名くんそっくり。目力の強い大きな瞳が私を捉えて離さない。
「樹はやめときな」