幸せでいるための秘密
*
緩やかな午後の日差しが差し込むフローリングに横たわり、ふかふかの枕に頭を預け読みかけの文庫本を開く。
なんて穏やかな休日だろう。つい先週のドタバタスポーツコメディが嘘みたいに、静かでのどかで心地よいインドア時間だ。これぞ休日。運動しようかな、なんて先週の思いもすっかり忘れ、私は横になったままうんと両手で伸びをする。
「私……椎名くんの家でリラックスしすぎかな」
「いいんじゃないか」
私と逆向きに横たわる樹くんが、漫画本を読みながら投げやりに答えた。彼の傍らに積み上がっているのは、少し前に実写映画化もした人気の青年コミック。椎名くんの部屋の本棚にずらっと並んでいたのを、さっき丸ごと借りてきたものだ。
「どうせ椎名の家だし」
「樹くん、優しくって言ったでしょ」
「俺は十分優しい」
開いた漫画本を軽く持ち上げ、樹くんが私をじろりと睨む。
「だいたい百合香は椎名に甘すぎるんだ。はっきり言うが、あいつはきみに優しくされるような男じゃない」
そ、そうかなぁ? そこまで言う?
確かにちょっとチャラさが過ぎるところはあるけど、私にとっての椎名くんは今でも頼りになる部長さんだ。
でも、下手に彼を庇うと樹くんがますます機嫌を損ねそうで、私は曖昧に誤魔化しながら再び視線を文庫本へ戻す。面倒事にはかかわらないのが吉。特にこの頃の樹くんは、やきもちという名の面倒くささが日に日にヒートアップしているみたい。
これもいわゆる『我慢』の弊害かな。私たちが普通の恋人同士になれるまで、いったいあとどのくらいかかるのだろう。
「中原、ちょっと」
噂をすれば話題の主がスマホを片手にやってきた。椎名くんは私の枕もとに膝をつき、耳元へこそこそ唇を寄せる。
「一華ちゃんが中原の連絡先知りたがってるんだけど、教えない方がいいよね?」
その名前が出ただけで、のどかな部屋に一瞬で緊張が走った。
樹くんの方をちらと伺う。傍らで寝転がる大きな背中。さっきまで着々と漫画のページをめくっていた彼の手が、今は不自然に動きを止めている。
「ごめん……内緒で」
困った顔で囁く私を見て、椎名くんは苦笑すると、
「わかった。うまく誤魔化しとくから」
と、額にひっかかった私の前髪を人差し指で軽く撫でた。
ありがとう椎名くん。やっぱり彼は頼れる人だ。
一華さんのことは、嫌い、とまでは言わないけど、やっぱり苦手だし未だに怖い。
それになにより樹くん自身が、一華さんには会わないでほしいと言った。だったら私は恋人として、彼の言葉を尊重したい。
(これで、いいんだよね?)
もう一度樹くんへ目を向けると、長い指が再びページをめくるのが見えた。内心ほっとすると同時に、彼のわかりやすさに笑いがこみ上げる。
緩やかな午後の日差しが差し込むフローリングに横たわり、ふかふかの枕に頭を預け読みかけの文庫本を開く。
なんて穏やかな休日だろう。つい先週のドタバタスポーツコメディが嘘みたいに、静かでのどかで心地よいインドア時間だ。これぞ休日。運動しようかな、なんて先週の思いもすっかり忘れ、私は横になったままうんと両手で伸びをする。
「私……椎名くんの家でリラックスしすぎかな」
「いいんじゃないか」
私と逆向きに横たわる樹くんが、漫画本を読みながら投げやりに答えた。彼の傍らに積み上がっているのは、少し前に実写映画化もした人気の青年コミック。椎名くんの部屋の本棚にずらっと並んでいたのを、さっき丸ごと借りてきたものだ。
「どうせ椎名の家だし」
「樹くん、優しくって言ったでしょ」
「俺は十分優しい」
開いた漫画本を軽く持ち上げ、樹くんが私をじろりと睨む。
「だいたい百合香は椎名に甘すぎるんだ。はっきり言うが、あいつはきみに優しくされるような男じゃない」
そ、そうかなぁ? そこまで言う?
確かにちょっとチャラさが過ぎるところはあるけど、私にとっての椎名くんは今でも頼りになる部長さんだ。
でも、下手に彼を庇うと樹くんがますます機嫌を損ねそうで、私は曖昧に誤魔化しながら再び視線を文庫本へ戻す。面倒事にはかかわらないのが吉。特にこの頃の樹くんは、やきもちという名の面倒くささが日に日にヒートアップしているみたい。
これもいわゆる『我慢』の弊害かな。私たちが普通の恋人同士になれるまで、いったいあとどのくらいかかるのだろう。
「中原、ちょっと」
噂をすれば話題の主がスマホを片手にやってきた。椎名くんは私の枕もとに膝をつき、耳元へこそこそ唇を寄せる。
「一華ちゃんが中原の連絡先知りたがってるんだけど、教えない方がいいよね?」
その名前が出ただけで、のどかな部屋に一瞬で緊張が走った。
樹くんの方をちらと伺う。傍らで寝転がる大きな背中。さっきまで着々と漫画のページをめくっていた彼の手が、今は不自然に動きを止めている。
「ごめん……内緒で」
困った顔で囁く私を見て、椎名くんは苦笑すると、
「わかった。うまく誤魔化しとくから」
と、額にひっかかった私の前髪を人差し指で軽く撫でた。
ありがとう椎名くん。やっぱり彼は頼れる人だ。
一華さんのことは、嫌い、とまでは言わないけど、やっぱり苦手だし未だに怖い。
それになにより樹くん自身が、一華さんには会わないでほしいと言った。だったら私は恋人として、彼の言葉を尊重したい。
(これで、いいんだよね?)
もう一度樹くんへ目を向けると、長い指が再びページをめくるのが見えた。内心ほっとすると同時に、彼のわかりやすさに笑いがこみ上げる。