幸せでいるための秘密
「変わったものを持ってきたね。生花?」
「はい。涼しい部屋なら十日くらいは保つらしいです」
「ふうん……」
桂さんの白い指が、花籠の根元に埋もれていく。そしてそこから、一本の百合の花が飛び出すように引き抜かれた。
せっかくお花屋さんが綺麗にしてくれたのに、と少し残念な気持ちになったけど、贈ったものに対してうるさく言うのはさすがに無粋だ。たとえどんな形であっても、喜んでもらえるならそれに越したことはない。
「ありがとう。嬉しいよ」
百合の花びらを口元に当て、桂さんは薄く笑っている。うーん、絵になる。樹くんや椎名くんとはまた違った、なんというか……清廉さ? こんなに花が似合う男性っていうのもなかなか珍しい気がする。
「それで、もう解決したってことは……」
桂さんの言葉を遮るように、扉が軽くノックされた。
入ってきたのは若い看護師さん。ひどく怯えた、いたたまれなさそうな様子で、桂さんの方へと近づいてくる。
「申し訳ございません。そろそろお時間ですので……」
「…………」
桂さんは妙に冷たい表情で看護師さんを見ていたけど、やがてふいと顔を逸らすと、サイドボードの引き出しを開けて紙とペンを取り出した。さらさらとペンを走らせて、一息に破ったメモ紙を片手に、私を小さく手招きする。
「百合香」
「あ、はい。すみません、連絡もなしにいきなり来ちゃって」
「いや、いいんだ。ただ、月水金は用事があるから、できればそれ以外の曜日に来てほしい」
強い力で手を引き寄せられ、私は内心ドキッとした。
桂さんは私の手のひらにちぎった紙を握らせる。書いてあるのは数字……いや、電話番号?
「まだ教えていないと思ったから」
私の手を握ったまま、桂さんは落ち着いた調子で言う。
私は笑顔でお礼を述べて、すぐに番号を登録しようとした。でも、私が空いた手でスマホを取り出しても、桂さんは私の手を離さない。中の紙がくしゃくしゃになっていくのも気にせず、包み込んだ私の手の形を確認するみたいに、ふにふにと柔く握っている。
やがて、彼は居心地悪そうにする看護師の方へと目を向けて、鼻で小さくため息を吐くとようやく私の手を離した。変などきどきを気取られないよう、私は急いで彼から距離を取る。
「それじゃあ、私、行きますね」
仕事用の鞄を肩に担いで、出入り口の方へ向かおうとしたときだった。
「必ず来て」
背中にかけられた桂さんの声。
とても優しく、穏やかなのに、有無を言わせない不思議な魔力が秘められたその言葉。
「待ってるよ」
魔法にかけられたみたいに、私が小さく「はい」と答えると、桂さんは瞳を細めて微笑んだ。
「はい。涼しい部屋なら十日くらいは保つらしいです」
「ふうん……」
桂さんの白い指が、花籠の根元に埋もれていく。そしてそこから、一本の百合の花が飛び出すように引き抜かれた。
せっかくお花屋さんが綺麗にしてくれたのに、と少し残念な気持ちになったけど、贈ったものに対してうるさく言うのはさすがに無粋だ。たとえどんな形であっても、喜んでもらえるならそれに越したことはない。
「ありがとう。嬉しいよ」
百合の花びらを口元に当て、桂さんは薄く笑っている。うーん、絵になる。樹くんや椎名くんとはまた違った、なんというか……清廉さ? こんなに花が似合う男性っていうのもなかなか珍しい気がする。
「それで、もう解決したってことは……」
桂さんの言葉を遮るように、扉が軽くノックされた。
入ってきたのは若い看護師さん。ひどく怯えた、いたたまれなさそうな様子で、桂さんの方へと近づいてくる。
「申し訳ございません。そろそろお時間ですので……」
「…………」
桂さんは妙に冷たい表情で看護師さんを見ていたけど、やがてふいと顔を逸らすと、サイドボードの引き出しを開けて紙とペンを取り出した。さらさらとペンを走らせて、一息に破ったメモ紙を片手に、私を小さく手招きする。
「百合香」
「あ、はい。すみません、連絡もなしにいきなり来ちゃって」
「いや、いいんだ。ただ、月水金は用事があるから、できればそれ以外の曜日に来てほしい」
強い力で手を引き寄せられ、私は内心ドキッとした。
桂さんは私の手のひらにちぎった紙を握らせる。書いてあるのは数字……いや、電話番号?
「まだ教えていないと思ったから」
私の手を握ったまま、桂さんは落ち着いた調子で言う。
私は笑顔でお礼を述べて、すぐに番号を登録しようとした。でも、私が空いた手でスマホを取り出しても、桂さんは私の手を離さない。中の紙がくしゃくしゃになっていくのも気にせず、包み込んだ私の手の形を確認するみたいに、ふにふにと柔く握っている。
やがて、彼は居心地悪そうにする看護師の方へと目を向けて、鼻で小さくため息を吐くとようやく私の手を離した。変などきどきを気取られないよう、私は急いで彼から距離を取る。
「それじゃあ、私、行きますね」
仕事用の鞄を肩に担いで、出入り口の方へ向かおうとしたときだった。
「必ず来て」
背中にかけられた桂さんの声。
とても優しく、穏やかなのに、有無を言わせない不思議な魔力が秘められたその言葉。
「待ってるよ」
魔法にかけられたみたいに、私が小さく「はい」と答えると、桂さんは瞳を細めて微笑んだ。