幸せでいるための秘密
 ああ、そっか。言われてようやく、今がデートの真っ最中だと思い知る。確かにデート中に恋人が他の男の名を呼んだら、誰だって多少は嫌な気持ちになるだろう。

(そっか。私たち、恋人だった)

 なんて、本当の本当に今更の実感が湧いてくる。なんだか私だけ気持ちが入っていないみたいで、樹くんに申し訳ない。

「ごめん」

 私の素直な謝罪を聞いて、樹くんは小さくうなずく。

 そして、まるで当然のことみたいに、彼の長い指が私の指先をきゅと握った。

(あ)

 手、繋ぐんだ。そりゃそうか。

 恋人とデートに来ているんだもの、手くらい当然繋ぐよね。

(ええと、手ってどうやって繋ぐんだっけ。デートの手繋ぎなんてずっとしてなかったから忘れちゃったな。指ってどうするの? 手の向きは? うーんと、どうすればお互いの手が楽になるんだろう……)

 ごちゃごちゃ考える私の隣で、樹くんが小さく吹き出す音がする。気づくと、彼の手は私の握りこぶしを包むような形になっていて、これでは到底恋人同士の手繋ぎとは呼べないだろう。

 ごめん、と繰り返そうとした私を遮り、樹くんは私の指に触れると一本一本ほぐすように広げ始めた。指の間を撫でさすり、関節を軽くつまんで、……愛撫にも似た触り方に、じわじわと顔が熱くなっていく。

 やがて伸びきった私の指の、それぞれの合間に自分の指を差し込んで、ぎゅうと握ればドラマでよく見る恋人繋ぎが完成した。私も樹くんの真似をして彼の手を軽く握ってみる。手のひらと手のひらがぴったり密着して、触れ合う手首が熱を持つ。

「ずっとこうして歩きたかった」

 いつもより少しだけ、近い位置から聞こえる声。

 この距離感にほんの少しだけ懐かしさを覚えながら、私は照れ隠しに微笑むと繋いだ手に力を込めた。
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