婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
 そんなことは勿論ない。彼は私には勿体無いほどに素晴らしいお人だ。
 そう、心から思う。
 しかし、それを口に出すことは憚られた。それはきっと、彼に期待してはいけないからだ。
 この数週間の関係は、男女の在り方として健全では無い。一度も手を触れ合った事の無い二人が正しき仲とは思えない。
 そう考えてしまう程度には、私の価値観は母に染まっていた事に気づき、冷ややかな己を彼から離すべく、移動しようとした。

「では、私はこれにて」
「いや、待って欲しい。やっと落ち着いてきたのだ。少しばかり貴女の時間を頂きたい」
「……ご随意(ずいい)に。ですが面白き女では無い事を、改めて念頭にお入れくだされば」
「貴女との時間は楽しい。……瞬間なのだ、これは俺の人生に替えが効かないものだと思っている」
(……ずるいお人)

 そう思いながらも、初めて彼の手を取った。
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