婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
「貴女の部屋からはこの風景が見えるのか」
「ええ、残念ながら」
「俺には縁遠いものだ」
「左様ですか」

 会話はそれで終わった。しかし、彼はそこから動こうとはしない。
 私もまた動く事はしなかった。不思議な時間が流れる。

 どれくらい経っただろうか?
 不意にウイル様は、私の方に視線を向けた。

「俺は、貴女の事をもっと知りたいと思っている」
「私めなど、今やただのサラタでございますれば」
「俺にとって、貴女はそれだけの存在ではない。この気持ちが何なのか、まだわからないが、確かな事だ」
「……私は」

 言葉が出なかった。何を言えばいい。
 彼の真剣な眼差しが私を貫く。嘘や誤魔化しを許さない強い意志を感じる。

「俺と共に来て欲しい。貴女がいない人生が考えられないのだ」
「……返事など出来ません。今の私には、貴方様にお仕えする事しか考えられぬのです」
「ならば俺が貴女に付いて行こう」
「お戯れが過ぎます……っ」

 私の拒絶の言葉を受けても、彼の瞳は揺らぐ事はなかった。
 それどころか、一歩近づき手を取られる。
 その手はとても温かく、それでいて力強いものであった。
 だけれども、私はその手に力を込めて押し返す。
 それでもウイル様の手は離れない。
 そうして長い時間が過ぎた頃、ようやく解放された私は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
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