婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
「私は飽くまでも、あの方の欲望の火に薪を()べただけですので。そこに、私の我が儘が含まれてないかと問われれば、そうではありませんが」
「要領を得ないわ。結局、何なの?」
「わたくしは所詮、針に過ぎませんわ。ただ、退屈凌ぎに少々時計を早めてみたくなっただけ、それだけの事ですの」
「……意味が分からない」
「そうですか。でも、きっとそう遠くないうちに理解をしてしまう日が訪れる事でしょう」

 それだけ話すと、彼女は展望台の手すりへ、優雅にまるでダンスを踊るように向かい、手を置いた。星空を見上げ、月明かりに照らされる様は、実に、恐ろしい程に絵になっている。

「この星空……綺麗なこの景色を貴女様と見られた事、まさに幸運と呼ぶべきしょうね」

 突如の事、彼女は手すりの上に身を乗り出した。
 私は、驚きのあまり声を上げる事も出来なかった。

「こうして、貴女様とお友達になれそうなのに……、仕方がありませんわね。
サラタお嬢様……」

 手すりの上で振り向いた彼女は、それまで以上の笑み――まさに満面の笑みを浮かべて、私にこう告げた。



「おさらばでございます」



 背中から、そうそのまま、彼女は地上へと落ちていく。
 一切の戸惑いを感じさせる事なく、堂々と満足気に。
 その白いドレス姿と相まって、悠々と大地へ舞い降りる鳩のように。
 思わず手すりまで駆け寄るも、私にはどうする事も出来ず。
 彼女の姿が闇に溶け込んでいく様を眺めていた。
 
 やがて、鈍い音が辺りに響いた。
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